国際・政治 緊急特集 菅首相退陣の後始末
危機管理で失態重ねた「菅退陣」、命を軽視する総裁選の狂騒=平田崇浩
危機管理の失態重ねた末 命を軽視する総裁選の狂騒=平田崇浩
政治の要諦は国民の生命と暮らしを守る危機管理にある。菅義偉首相が就任から1年にわたって「新型コロナウイルス対策を最優先する」と衆院解散・総選挙を先送りし続けたのは当然の判断だった。そのコロナ対策に失敗して「解散権」を行使できないまま退陣するのも必然だろう。
政権末期の菅政権にとどめを刺したのは地元・横浜の民意だった。8月22日投開票の横浜市長選で首相の盟友、小此木八郎前国家公安委員長が敗れた。争点となったコロナ対策と統合型リゾート(IR)の横浜誘致はいずれも首相がかじ取りをしてきた政策だ。横浜市民が事実上、菅首相にノーを突きつけた形になり「菅首相のままでは衆院選を戦えない」との見方が自民党内に一気に広がった。
より深刻なのは横浜市長選と並行してコロナ対策以外の危機管理もおろそかになっていたことだ。
選挙戦真っただ中の8月15日、アフガニスタンの首都カブールがイスラム主義組織タリバンの手に落ちた。日本政府はカブール陥落の時期を米軍の撤退する8月末以降と予測し、在留邦人に加え大使館・国際協力機構(JICA)の現地スタッフとその家族ら最大500人を民間チャーター機で18日に出国させる計画を立てていたという。
最悪の事態を想定してあらゆる備えをしておくのが危機管理である。現に外務省は8月14日の段階で防衛省に自衛隊機派遣の可能性について打診していたという。カブール陥落が早まって民間チャーター機による出国計画が頓挫した。そこで即座に自衛隊機派遣に切り替えたというなら理解できるが、「自衛隊機派遣の検討もホールド(保留)にした」という外務省の説明は不自然極まりない。
カブール陥落の当日、日本人大使館員12人は直ちに退避し、2日後の17日には英軍機でアラブ首長国連邦(UAE)へ出国している。その後、外務省がホールドを解いて防衛省との協議を再開したのは8月20日。菅首相が外務省から自衛隊機派遣計画の報告を受けて了承したのは横浜市長選の投票当日だったとされる。
翌23日に自衛隊の輸送機3機の派遣が決まったが、8月31日の撤収までに移送できたのは日本人1人と、米国から頼まれたアフガン人14人のみ。現地スタッフらの救出を試みた26日、カブール国際空港周辺で自爆テロが発生し、500人を見捨てて逃げ帰る形になってしまった。韓国軍の輸送機がテロ前日に390人の救出に成功したことも日本政府の失態を際立たせた。
カブール陥落から横浜市長選投票日までの1週間の空白がなければ救出作戦は間に合っていただろう。防衛省関係者は初動の遅れについて「外務省が忖度(そんたく)して横浜市長選が終わるのを待っていたのでは」と憤る。そもそも首相官邸への忖度があろうとなかろうと、首相が率先して指示を出すべき緊急事態だ。菅政権は既にその時点で命を守る危機管理が機能しない「死に体」となっていたのである。
コロナ対策も命を守る危機管理である。自宅療養中の妊婦が早産した赤ちゃんの命を救えなかった衝撃は大きかった。デルタ株への懸念は以前から指摘されていたにもかかわらず、十分な医療体制を構築できないまま東京オリンピックの開催を強行した「コロナ失政」の重い責任は主権者たる私たち国民にのしかかる。
3カ月の政治空白
危機管理の失敗を重ね、守るべき命を救えなかった政権は、直ちに政策を転換するか、速やかに国民の審判を受けるべきだ。
自宅療養者の死亡が相次ぐ緊急事態の最中、「選挙の顔」となる次の総裁選びにうつつを抜かす自民党に危機管理を担う責任感はうかがえない。それを傍観する公明党もしかり。その意味において、菅首相が総裁選前の衆院解散・総選挙を模索したことは筋が通っていたとも言えようか。「総裁選で負けそうだから」という身勝手な理由が「個利個略」と批判されたが、それを抑え込んだのは衆院選をにらんだ「党利党略」である。
真っ先に総裁選出馬を表明した岸田文雄前政調会長は、コロナ患者の大規模な臨時医療施設の開設などによる「医療難民ゼロ」や「健康危機管理庁」の創設を公約に掲げた。これから9月いっぱい総裁選を戦って国会で首班指名、さらに衆院選が終わるまで2カ月。いや、横浜市長選までさかのぼれば3カ月もの政治空白をコロナ禍に苦しむ国民に押し付けようというのだ。
臨時医療施設をつくってコロナ感染者の命を守るべきは今だ。直ちに臨時国会を開いて野党に協力を求め、コロナ対策の法整備を総裁選前に行うべきだと主張してきた石破茂元幹事長の正論はかき消された。菅内閣でワクチン推進の責任者だった河野太郎行政改革担当相を軸とした論戦が今さらながら始まる。既に2年近く日本のコロナ対策を担ってきた政権与党として何とも無責任な話である。
そんな自民党総裁選の狂騒をお祭り騒ぎのごとく報じるだけなら、我々メディアも同罪となる。
(平田崇浩・毎日新聞世論調査室長兼論説委員)