経済・企業 緊急特集 菅首相退陣の後始末
コロナ対応の後手が日本経済の浮沈にも響いた菅政権=永浜利広
経済政策 コロナ対策で後手に 未執行予算は30兆円=永浜利広
退陣を表明した菅義偉首相の経済運営は、個別ではレガシー(遺産)となりうる政策があったが、新型コロナウイルス禍からの日本経済全体の回復は成し遂げられなかった。評価すべき政策としては、携帯電話料金の引き下げが挙げられる。大手携帯電話会社は、菅政権の要請に応じて大容量プランを相次いで値下げした。これにより、2021年4月以降の携帯電話通信料が消費者物価ベースで4割近く引き下げられた(図1)。
まだ家計における契約の見直しが進んでいないため、2人以上世帯の携帯電話通信料の支出額はさほど下がっていないが、仮に全ての世帯が契約の見直しを進めれば、支出額を月額5178円抑制できると試算される。日銀が目指すインフレ率2%の妨げにはなるが、長引く経済停滞にあえぐ家計への支援という意味合いは大きい。
9月1日に発足したデジタル庁の創設も、菅政権の功績だ。「行政のデジタル化」「産業社会全体にわたるデジタル化」「誰もが恩恵を享受できるデジタル化」を重点課題として、マイナンバー制度の抜本改善や地方自治体のシステム標準化などに取り組むことが期待できる。50年のカーボンニュートラル(温室効果ガス排出実質ゼロ)達成目標の表明も含め、菅政権は個別の経済政策では道筋を付けた。
日本だけ「50割れ」
しかし、日本全体の経済回復は成し遂げられなかった。マークイット社が発表する購買担当者景気指数(PMI指数)の、全ての業種を対象とした「総合PMI指数」を見ると、21年春以降、欧・米・中ではほぼ全て改善・悪化の分岐点となる50を上回っている。これに対して、日本だけコロナショック以降、ほぼ50を下回り続けている(図2)。
その原因は、諸外国に比べたワクチン承認の遅れや医療体制の不備など、新型コロナ対応が後手に回ったことにある。これにより、21年1月以降のほとんどの期間で、緊急事態宣言やまん延防止措置といった行動制限が繰り返し発出され、今夏に東京オリンピック・パラリンピックを開催はしたものの、主要国の中で日本経済だけが回復できなかった。
コロナ対応の遅れは、20年度予算の未執行にも表れた。政府は新型コロナ対策として20年度に3度の補正予算で計約73兆円を編成したが、約4割が未執行となった。30兆円超が21年度予算に繰り越され、必要なところに十分な支援を行きわたらせることができなかった。未執行額で多かったのが、実質無利子・無担保融資制度、時短や休業に応じた飲食店などを財政支援する地方向け臨時交付金、公共事業費だった。
人手不足なのに公共事業費を積み増すなど、予算策定段階で現状を鑑みずに額だけ積んだことがうかがえる。執行手続きを担う地方自治体や委託先団体の運用の不手際も要因だろう。次期政権も総選挙前に大型の経済対策を策定するだろうが、迅速に執行できる体制とセットにした現実的な予算編成が求められる。
(永浜利広・第一生命経済研究所首席エコノミスト)