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「安全・安心の岸田」で拭えぬ不安、保守基盤に入った亀裂拡大も=人羅格

    自民党の岸田文雄新総裁(東京都千代田区の同党本部で2021年9月29日)
    自民党の岸田文雄新総裁(東京都千代田区の同党本部で2021年9月29日)

     衆院選を前にしての自民党内の危機感の低下と、これと対照を描く派閥力学の復権を物語るような結果だった。

     自民党総裁選は岸田文雄前政調会長が4氏の戦いを制した。党員・党友票で37都道府県でトップだった河野太郎規制改革担当相は議員票で惨敗した。そして、政権の「キングメーカー」として勝利したのは安倍晋三前首相である。

    本質は「安倍VS菅」

     河野陣営にとって、悪夢のような1回目の投票だった。議員票は「100票」を大きく割り込み、岸田氏だけでなく、高市早苗前総務相の後塵を拝した。決選投票の議員票でついた118票もの大差は、主要派閥の大勢の支持を得た岸田氏になだれを打つ議員心理を映し出した。

     党員の選択通りに「河野政権」が誕生すれば、変化や世代交代を印象づけ、衆院選でも一定の追い風を呼ぶ可能性はあった。現に野党議員の多くは「河野総理」を覚悟し、ため息をついていた。だが、現実は目先の「選挙の顔」としての魅力以上に、勝ち馬に乗る道を多くの議員は選んだ。

     1強不在と言われた今回の総裁選は、「安倍氏VS菅義偉氏」という前首相と現職首相による権力闘争が本質だった。2012年以来、9年にわたる「安倍・菅政治」を担った二人に亀裂が入り、抜き差しならぬ抗争に発展した。

     新型コロナ感染対策を巡り内閣支持率が低迷した菅氏は、総裁選を無投票で乗り切る戦略を二階俊博幹事長と描いていた。だが、高市早苗前総務相による月刊誌への出馬宣言の寄稿で戦略は狂った。ほどなく岸田氏も出馬意向を固め、出馬断念に追い込まれた。

     高市氏は無派閥とはいえ「安倍直系」だ。岸田氏の政策づくりには安倍氏の最側近、今井尚哉元首相補佐官が関与したと指摘されている。安倍氏が、菅氏の続投戦略と距離を置いたことは菅氏の致命傷となった。

     そんな菅氏にとって、河野氏の出馬は退陣後も力を維持する足がかりとなった。菅氏に小泉進次郎環境相も加えた「神奈川トリオ」が連携し、安倍氏と敵対する石破茂元幹事長とも手を組んだ。

     党員票に強みを持つ河野、石破両氏がタッグを組み、衆院選を前に「選挙の顔」をアピールし、一気に流れを決める戦略が構築された。若手議員から脱派閥や党風刷新の動きが起きたことも、河野陣営には追い風だった。

    成功した「河野潰し」

     だがそれは、石破氏復権を許さず、派閥の流動化を危ぶむ安倍氏には容認できない展開だった。

     安倍氏は高市氏に本格的にてこ入れし、「反河野」の立場を明確にする。河野、岸田両氏の一騎打ちになった場合、発信力に難のある岸田氏には不安があり、河野氏に1回目の投票で得票の過半数を制され、勝負がつく可能性があった。

     結果的に、作戦は的中した。タカ派色の強い高市氏支持の一部はSNSで河野氏への批判や攻撃を徹底した。本来はネットが「得意の土俵」だったはずの河野氏は、次第に勢いをそがれた。

     性急で高圧的と評される河野氏の言動への政官界のアレルギー感や、年金、エネルギー政策を巡る政府方針とのかい離など、論戦が進むと攻撃される材料も増えた。何よりも、河野氏自身の言動が党内批判への配慮からか揺れ動き、肝心の突破力を欠いた。党員票の爆発力が限定的とわかると、議員支持も伸び悩んだ。

     一方、岸田氏。昨年の総裁選で惨敗し「終わった政治家」とみる向きもあった。だが、「菅・二階」体制に異を唱え、手を挙げた正攻法が優柔不断なイメージを払拭した。穏やかな言動とバランス感覚で霞が関の官僚から「安全安心の岸田」と評される安定感も、ここではプラスに作用した。「新自由主義的政策の転換」は、競争に疲れた地方に癒やしのメッセージとなった。

     岸田氏は参院議員票にも強みを発揮した。これは参院自民党に「河野政権は衆院選は有利でも、来夏の参院選までには必ず混乱する」との懸念が強かったためだ。河野氏の不徳というべきだろう。

     メデイアを席捲した総裁選を通じ、自民党支持率は急速に回復した。横浜市長選であれほど強まった党内の危機感は後退し、あえて河野氏を選ぶ必要性は弱まっていった。

    タカ頼みの二重権力構造

     吉田茂に源流を持ち「軽武装・経済重視」を基調とする「宏池会」(岸田派)トップが首相の座に就くのは、1991年の宮沢喜一首相以来だ。

     ただし、安倍氏らタカ派的な「高市票」の助力が、決選投票勝利の原動力となった事実は動かない。最大の勝者は、高市票で自らの力を誇示し、しかも新政権誕生を決定づけた安倍氏である。

     岸田氏がハト派的な独自色を発揮しようとすれば、安倍氏や、最大派閥の細田派との溝は深まる。「安倍院政」の呪縛は強い。「総裁任期中に実現」と約束した憲法改正へのプレッシャーも次第に強まる。ハト派がタカ派に支えられる二重構造が抱える矛盾は深刻である。

     千載一遇の機を逃した河野氏が再起する道は険しい。核燃料サイクルの「手じまい」、年金「税方式」導入論など、基本政策の座標軸が自民党的に特異なことも浮き彫りになった。菅氏の影響力低下は避けられない。二階氏は「ポスト菅」後継選びに出遅れた。

     河野氏の党員票支持はとりわけ東京、愛知など大都市圏で顕著だ。河野氏が掲げる経済政策の基調は規制改革と成長戦略であり、菅氏の競争重視路線に連なる。日本維新の会の松井一郎代表は「われわれに近い」と評した。

    三分しつつある保守

     そう考えると、今総裁選のもう一つの意味は「安倍・菅9年」の下で静かに保守基盤に入ったミシン目の顕在化かもしれない。新自由主義的な規制緩和や構造改革に重点を置く都市型保守、高市氏に結集したタカ派色の濃い保守、岸田氏を支えた穏健だが、変化を好まない保守の3つの流れがいつの間にか溝を広げていた。

     3者に遠心力が働くと、たちまち政権は迷走状態に陥り、自民党は分裂含みの大きな混乱に直面する可能性がある。党員の審判を覆して誕生した「岸田政権」を有権者はどう判断するか。11月の衆院選は目前である。(肩書きは9月29日時点)

    (人羅格=毎日新聞論説委員)

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