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安倍・菅政権8年 「目くらまし」だったアベノミクス 世界での“日本の埋没”が加速した=寺島実郎

ニューヨーク証券取引所を訪問した安倍晋三前首相。「アベノミクスは買いです」と訴えたが(2013年9月) Bloomberg
ニューヨーク証券取引所を訪問した安倍晋三前首相。「アベノミクスは買いです」と訴えたが(2013年9月) Bloomberg

安倍・菅政権8年 「目くらまし」だったアベノミクス 世界での“日本の埋没”が加速した=寺島実郎

 菅義偉首相が9月3日、自民党総裁選(9月29日投開票)への不出馬を表明した。菅首相は、1年前に体調不良を理由に急きょ辞任した安倍晋三前首相を官房長官として支え、経済政策「アベノミクス」を引き継ぐと表明。その菅氏が退陣することにより、2012年12月の第2次安倍政権発足以降続いたアベノミクスは名実共に終止符が打たれる。(安い日本)

 自民党総裁選とその後すぐに行われる衆議院選挙を経て、どのような政権が発足するのか現時点では不明だが、新政権が経済政策を打ち出すにあたっては過去8年半余りの総括が必要だ。アベノミクスは、多くのマイナス面を存在しないかのように無視し、数少ないプラス面を誇大に強調したため、多数の人々が「目くらまし」を受けた政策だったといえよう。

 この間、日本は経済成長が停滞し、勤労者の生活は好転しなかった。日銀による異次元金融緩和を通じて為替を円安に誘導、輸出企業の業績は好転し、日銀と年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が資金を株式市場に振り向けたことで株価は上昇したが、資産を持つものとそうでないものの経済格差を広げた。

 企業業績の改善と株高は、上場企業の経営者や、大半が高齢者層に分布する株式保有層には恩恵をもたらしたものの、家計の消費は増えなかった。20年度の国内総生産(GDP)は536兆円にとどまり、安倍政権が目標に掲げた600兆円に大きく届かなかった。

 株価や企業業績の好調を喧伝(けんでん)する一方で、全雇用者の3割以上が年収200万円未満の極めて厳しい生活水準を強いられている。そこに、新型コロナウイルスの感染拡大が襲い、国民生活の苦境に拍車を掛けた。秋に発足する新内閣が、それでもアベノミクスの路線を継承するかどうかを、国民は注意深く見定めるべきである。

技能五輪での低迷

 アベノミクスへの評価で重要だと捉えている数字が、世界のGDPにおける日本の比重だ。1994年には日本のGDPが世界の17・9%を占めたが、20年には6%に落ち込んだ(図)。世界経済での日本の存在感がこの四半世紀で3分の1に縮小した。コロナ禍のトンネルを抜け出て、30年ごろを想像すると4%台に落ちていくことになるだろう。前回の東京五輪(64年)の年が4・5%だったので、その頃に戻るということだ。

 今夏の東京五輪の開催についてさまざまな議論がメディアをにぎわせたが、より真剣に考えなければならないのは「技能五輪国際大会」における日本の凋落(ちょうらく)ぶりだ。十数年前までは、日本は金メダルの獲得数で、世界のトップを争っていたが、17年は9位、19年は7位だった。製造分野の技能だけではなく、「美容・理容」「看護・介護」といったサービス技能の競技も種目化している。技能五輪での成績の落ち込みは、産業における日本の現場力が急速に衰えていることを証明している。

 産業に関して重要なファクトをもう一つ取り上げたい。それは、ジェット旅客機の国産化プロジェクト、「スペースジェット(旧名称MRJ)」の開発が挫折したことだ。三菱重工業が母体となり、「日本の産業技術を結集」すると意気込んで開発を進めてきた。主翼に最先端技術を注入して米ボーイングや欧州エアバスよりも燃費に優れた機体を目指したものの、新技術をつぎ込んだ場合、安全性証明の観点から米国での型式証明を取るには時間がかかり、ボーイングが使っている既存の素材を使った方が早いと気づき、開発がどんどん後退する中で、航空需要に打撃となるコロナ禍が来てしまった。

 日本企業が担っている部品、部材、素材などの要素技術は大変高度なものではあるが、高度な技術力を持っていることと、飛行機を完成させることは次元が違う。今日本に求められているものは「総合エンジニアリング力」である。個別の要素を組み合わせて完成体をつくる力が必要だ。

「食と農」と「医療・防災」

 戦後の日本が工業生産力モデルの優等生として世界の先頭に立ち、基幹産業の鉄鋼、エレクトロニクス、自動車産業などが外貨を稼いで国を豊かにしようとひたすら走り、そのピークを迎えたのが94年。あれから二十数年がたち、いつのまにか世界経済の中で埋没している。

 しかし、工業生産力モデルを強化して「再び日は昇る」と願っても実現しない。粗鋼生産がピークの1億2000万トン(07年)に戻ることはなく、今年は8000万トンを割り込むだろう。エレクトロニクス分野は、日立製作所が必死になってソフトウエア産業への業態転換を図っているように、付加価値の源泉がモノづくりからソフトに移行している。

 自動車産業では、EV(電気自動車)化という流れを受けて、ガソリン車は走らせないという世界のルールが確立されようとしている。エネルギー効率が相当良いハイブリッド車ではダメなのかと立ち向かっても認められないのが、日本の自動車産業が置かれている現状である。

 円安に誘導したアベノミクスによって、輸出産業の国際競争力を高めたというよりも、円高圧力から日本企業を解放し、安易に収益を高めることができるという経営がはびこったと感じる。自国の通貨が国際社会で、じわじわと評価を高めていくことが健全であると認識を改めるべきだろう。

 そこで今後の日本には二つのキーワードが求められるだろう。一つは「イノベーション」である。DX(デジタルトランスフォーメーション、デジタル化による企業・事業の再構築)と脱炭素化へ向けたエネルギー・環境技術は間違いなく強化すべき分野だ。だが、それだけでは道を間違えるというのが私の考えだ。

 もう一つは、「ファンダメンタルズ」と呼ぶべき分野で、具体的には食料と農業、医療や防災などの分野だ。「食と農」では、生産に限らず、加工、流通、調理という各過程で付加価値を高める戦略が必要で、例えば各過程でDXを駆使して生産性を上げるなど、食料自給率を現在の38%から70%程度に回復させる戦略が求められる。

 豊かさを求めるこれまでの産業構造から国民の安全・安心を担保する産業へと変えていく必要があり、医療・防災は中核産業になりうる。私が率いる日本総研が窓口となって「医療・防災産業創生協議会」を今年2月に立ちあげ、民間主導でさまざまなプロジェクトを進めていく。一例として「道の駅」を防災拠点として、自衛隊ヘリで搬送可能な高機能のコンテナを集積する。コンテナは医療行為や炊事、トイレや風呂などとして使うもので、災害に応じて太平洋側、日本海側でも展開可能にするものだ。こうしたプロジェクトを創出することで、長期的には輸出産業にまで育てることを視野に入れている。

(寺島実郎・日本総合研究所会長)

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