週刊エコノミスト Online 資本主義の転換点に
就任時に「宇沢弘文」に言及 十倉経団連会長に真意を問う=佐々木実
就任時に「宇沢弘文」に言及 十倉経団連会長に真意を問う=佐々木実
住友化学の十倉雅和会長は経団連の会長に就任した6月1日、そのあいさつで三つのキーワードを挙げたが、第一番目が「ソーシャル・ポイント・オブ・ビュー」だった。
「一つ目は社会性、すなわち、ソーシャル・ポイント・オブ・ビューであります。これは、市場経済のなかに社会性の視点を入れるという考え方であり、今から50年も前に経済学者の宇沢弘文先生が提唱された考え方です」
十倉氏が宇沢弘文に共鳴していることを知ったのは昨年の夏、『論座』のインタビュー記事を読んだ時だった。拙著『資本主義と闘った男 宇沢弘文と経済学の世界』の感想を語るなかで、十倉氏は「from the Social Point of View(社会的な観点)」という言葉にこだわっていた。この言葉は、宇沢がつねに念頭に置いていた、宇沢経済学の急所である。
宇沢弘文(1928~2014年)は、数理経済学の泰斗ケネス・アローに招かれて28歳で渡米、米国の経済学界で華々しく活躍した。ところが、評価が絶頂にあった68年に突然、シカゴ大学から東京大学に移籍した。ベトナム戦争への憤りが、帰国を促したといわれている。
帰国後、宇沢は主流派(新古典派)経済学に反旗を翻し、「社会的共通資本」の経済学の構築を目指した。集大成が05年に出版した『Economic Analysis of Social Common Capital(社会的共通資本の経済解析)』(ケンブリッジ大学出版)。
出版の前に、宇沢は査読者からこんな指摘を受けたという。
「この書物は、ミルトン・フリードマンに始まる新自由主義の市場原理主義的な経済学の考え方に対するもっとも効果的なアンチテーゼとなっているから、そのことをもっと強調して、もっと広い読者層を対象にしたほうがいい」
新自由主義の否定
主流派経済学は、理論上の制約から、「社会的な観点」がおろそかになりがちだ。所得分配の不公正をはじめ社会的正義に関わる問題が軽視され、新自由主義という鬼子(おにご)まで産んでしまった。
そう判断した宇沢は、「社会的共通資本」(主な構成要素は、(1)自然環境、(2)社会的インフラストラクチャー、(3)制度資本)の概念を経済学に導入した。「市場経済は、社会的共通資本の土台のうえで営まれる」という市場経済観は、非市場領域を市場化しようとする新自由主義とは対極的だ。
「ソーシャル・ポイント・オブ・ビュー」の由来を知れば、経団連の十倉会長がこの言葉を第一のキーワードに据えた意図は明瞭になる。新自由主義、あるいは、市場原理主義の否定である。
この事実が重みを持つのは、日本に新自由主義的な政策が導入される過程で、経団連が果たした役割が小さくなかったからだ。十倉氏自身、住友化学の経営に携わるなかで、新自由主義に傾倒していたことを認めてもいる。
今、あえて宇沢弘文に言及するのはなぜか──。十倉会長に真意を問うてみた。
(佐々木実・ジャーナリスト)