コロナ禍に経済をいかに回すか。日本応用経済学会研究者が提言=評者・井堀利宏
『新型コロナ感染の政策課題と分析 応用経済学からのアプローチ』 評者・井堀利宏
編著者 焼田党(南山大学教授) 細江守紀(熊本学園大学学長) 薮田雅弘(中央大学教授) 長岡貞男(東京経済大学教授) 日本評論社 5390円
医療と経済の両立めざし精緻な実証分析と政策提言
2021年夏からデルタ株という感染力の強いコロナウイルスが蔓延(まんえん)し、コロナパンデミックが本当に収束できるのか、予断を許さない。我が国では与党政治家がコロナ対応で説得力ある政策を国民に提示できてこなかったため、総理の退陣につながった。感染対策の信頼を高めるためにも、経済への影響を検証することが重要である。
武漢でのコロナ感染発覚から1年以上が経過し、経済学の分野でも研究が蓄積され、一般向けの出版も盛んになっている。本書は、日本応用経済学会に関わる気鋭の研究者がコロナ感染について理論・実証分析をまとめたものである。本書ではワクチン、ロックダウン、マスク着用などの直接的な影響を分析するのみならず、介護サービス、競争政策、財政の持続可能性、出生率や人的資本形成、地域間移動など、コロナ感染と間接的に関わる重要な政策課題についても幅広く取り上げ、興味ある政策提言を展開している。
経済学では、感染防止を最優先して厳格なロックダウンで経済を止めてしまう方策と、PCR検査を徹底して、感染リスクを抑えつつ経済を回す方策との比較が、大きな検討課題である。本書は、PCR検査の感度を厳格化するよりも、頻度を重視して繰り返し検査することで、医療と経済との両立を図るべきと主張する。また、緊急事態宣言が長期化するとその効果は薄れるが、感染拡大自体が人びとのリスク認識に影響する可能性があることを実証分析で明らかにする。緊急事態宣言が観光移動を抑制する効果や家宅侵入(空き巣)犯罪を減少させる効果もデータを用いて検証する。家庭内感染を考慮するとロックダウンの効果が減少するという理論分析は、SIRモデル(感染症数理モデル)の有益な効用例である。各章間で分析対象に統一感が乏しいという難点はあるものの、本書は、この分野の研究者のみならず、広くコロナ感染に関心のある一般読者にも有益である。
コロナ感染は100年に1度あるかないかの大きなショックである。これを数年単位で収まる一時的なショックとみなせば、緊急避難的対応が望ましいが、中長期的なショックとみなすと、経済社会の構造改革まで踏み込む必要がある。コロナショックがどの程度の期間で収束するかの見極めは難しいが、今後の政策提言では、こうした時間軸の整理を踏まえた分析が重要になるだろう。本書の研究成果に基づき、さらに説得力のある政策提言が経済学から発信されることを期待したい。
(井堀利宏・政策研究大学院大学特別教授)
焼田党(やきた・あきら) 著書に『ベーシック応用経済学』など。
細江守紀(ほそえ・もりき) 著書に『不確実性と情報の経済分析』など。
薮田雅弘(やぶた・まさひろ) 著書に『観光経済学の基礎講義』など。
長岡貞男(ながおか・さだお) 著書に『産業組織の経済学』など。