会計実務家の理論的支柱となる研究書=評者・加護野忠男
『保守主義会計 実態と経済的機能の実証分析』 評者・加護野忠男
著者 髙田知実(神戸大学大学院准教授) 中央経済社 4840円
実証的・計量的研究を基に 実務家が自信を持てる学術書
保守主義の原則とは、企業会計原則の七つの一般原則の一つであり、会計処理に当たって通常、予測される損失は計上しなければならないが、予測される利益を計上してはならないという原則と解釈されている。このように解すると、保守主義は会計処理に関して「バイアス(偏り)をかけよ」という原則なので、専門外の人々に誤解されやすく批判の対象となりやすい原則である。
会計学者の間では、保守主義の原則には二つの解釈があると考えられている。一つは、ここまで書いた解釈の通りで、「無条件保守主義」と呼ばれる。
もう一つは、バッドニュース(不利な情報)よりもグッドニュース(有利な情報)を反映する時に、より程度の高い検証可能性を求めるという解釈である。これは「条件付き保守主義」と呼ばれる。本書では後者の意味での保守主義が主たる研究対象とされている。
本書では、保守主義の原則が実際にどの程度採用されてきたか、保守主義の原則がどのような経済的機能を持っているかという二つの問題が、ともに実証的かつ計量的に研究されている。第一の問題について、日本ではバブル崩壊後の1990年代後半から保守主義の程度が高まり、2010年ごろがピークとなり、その後は減少に転じているという実態が示されている。
多くの読者が関心を持つのは、保守主義の原則の経済的機能であろう。著者によれば、保守主義の原則が果たす経済的機能は、保守主義が債権者のリスクを軽減するという効果である。銀行と企業の紐帯(ちゅうたい)が弱まり、信用審査で会計情報が重視されるようになった00年ごろ以降、負債比率と保守主義の程度が比例しているということが明らかにされ、負債比率が高い時には保守主義は経済的機能を持つとの結論が導かれている。
本書のような研究を基にすれば、会計の実務家は自信を持って原則を貫くことができる。だから本書は、会計の実務家にぜひ読んでいただきたい研究書である。
純粋な学術書であり、実務家が読みやすいようには書かれていない。分析結果の検証可能性、データ収集の妥当性やデータ解釈の正しさが重視されている。にもかかわらず、本書は実務家に読んでいただきたい。終章で各章の分析結果がコンパクトに要約・説明されているので、読者はまずここを読み、これを手掛かりとして全体の筋道を理解し、その後関心ある章の分析を詳しく読まれることをお勧めする。
(加護野忠男・神戸大学特命教授)
髙田知実(たかだ・ともみ) 関西大学商学部卒業後、神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。2007年より現職。専門は財務会計、監査。『プレMBAの知的武装』『監査の品質に関する研究』などの本で執筆を担当。