経済・企業エコノミストリポート

有名シェフの“ユーチューバー化”が示唆する食ビジネスの地殻変動=藤原裕之

動画が若者たちの食の意識を変えている
動画が若者たちの食の意識を変えている

コロナで変わる食生活 「料理ユーチューバー」が人気 若者に“内食ブーム”到来=藤原裕之

 若年層への調査・リサーチを専門とするテスティーが実施した「YouTubeに関する調査(2021年版)」によると、20代女性の好きな動画チャンネルの3位に「料理」が入っている。

 彼女たちに人気があるのは、料理系ユーチューバーの動画チャンネルだ。「料理研究家リュウジのバズレシピ(登録者数247万人)」「きまぐれクックKimagure Cook(同461万人)」「1人前食堂(同81万人)」など、料理系ユーチューバーの動画は丁寧なレシピ解説と圧倒的なエンタメ性で調理の楽しさを伝える。若いフォロワーは、動画を見て作った料理をSNSにアップして楽しんでいるのである。

有名料理人も相次ぎ発信

 料理の楽しさを伝えているのは料理系ユーチューバーだけではない。コロナ禍のような事態がなければ起きなかったはずの現象。それが「有名料理人のユーチューバー化」である。コロナ禍で窮地に立たされている飲食業界は、生き残りを図るためにテークアウトや通販などあらゆる策を講じているが、中でもこれまでの飲食店では考えられなかった試みが有名シェフによる動画配信である。

 フレンチ料理界の重鎮、三國清三氏は20年4月にYouTubeチャンネル「オテル・ドゥ・ミクニ」を立ち上げ、毎日動画をアップしている。イタリア料理界の巨匠、日高良実氏は20年7月から「日高良実のACQUAPAZZAチャンネル」を開設した。言わずと知れた和食料理界の鉄人、御年90歳の道場六三郎氏は20年12月から「鉄人の台所」を開設、斬新なのに簡単な家庭料理を披露している。チャンネル登録者数はそれぞれ22万人、14・5万人、12万人と、いずれも堂々としたものだ。

 有名料理人の動画配信で貫かれているのは徹底した「フォロワー目線」である。「毎日のメニューに悩む」「調理を学びたい」といったニーズに対し、近所のスーパーでも購入できる食材でレストランに近い味を引き出す技を惜しげもなく伝授する。見ているうちに「自分でも作れるかも」と台所に足を向かわせる魅力がある。技の披露に加え、料理人たちの独特な振る舞いや語り口は、個々の人柄を感じさせ、コメント欄は感謝の言葉にあふれている。有名料理人がフォロワー目線で調理支援するチャンネルは、料理研究家のチャンネルにはない独自のポジションを獲得している。

 有名料理人の動画配信を、ビジネスの視点でどう捉えればよいのか。ユーチューバーであれば広告がマネタイズの手段だが、有名料理人チャンネルの多くは広告が控えめだ。「人々の料理に対する悩みを解決したい」「自分の料理に対する考えを伝えたい」……。

 こうした思いを通じ、顧客との距離感を縮めることが動画配信の最大の狙いと考えられる。一流シェフから毎日のようにレシピ動画が送られてきたら、視聴者はどう感じるか。ここに料理人動画ビジネスの秘密が隠されている。

外食産業はむしろ好機

 お店では、おいしい料理に見合う代金を支払うことで「ギブ・アンド・テーク」が成立する(交換の論理)。しかし動画配信の場合、視聴者は料理人から有益な情報サービスを一方的に受け続けるため、そこでは交換の論理は成立していない。視聴者は交換の論理が成立していないことで「健全な負債感」がたまり、ある時点でその負債を「来店」で解消しようとする。ここで初めてビジネスが成立する。「動画を見て予約する新規顧客が増えた」(三國シェフ)、「レシピにトライした人が正解を求めて来店してくる」(日高シェフ)。つまりフォロワーは、来店することで「動画によって頂いたギフト」のお返しをしているのである。

 結果、有名料理人のいるお店は動画配信によって「価値ファースト・収益アフター」という新しいビジネスモデルを手に入れている。動画配信を通じてフォロワーのキッチンにアクセスして調理支援を行い(価値ファースト)、新規顧客と常連客が来店してお金を落としてくれるのを待つ(収益アフター)。内食市場と外食市場を行き来しながら価値を高める様は見事だ。コロナ禍という“ブラックスワン”が外食ビジネスを新しいステージに押し上げようとしているかのようだ。

 実際、若者に対するアンケート調査を見ると、動画コンテンツが消費行動にうまく結びついている様子が分かる。「YouTubeを見て購入した」商品サービスで最も多いジャンルは化粧品やゲームだが、次いで多いのが食品・飲食店・テークアウトなど食品関連の商品サービスである(図1)。

 コロナ禍では飲食店に行く場合でもテークアウトが多い可能性はあるが、動画に触発されて店に足を運んでいる。動画が若い人の消費行動にもたらすパワーは思った以上に大きいということだ。

外食と内食の垣根が消滅

 有名料理人の成功例に見るように、外食と内食がクロスオーバーするとさまざまなビジネスチャンスが生まれる。

 生鮮宅配大手のオイシックス・ラ・大地は全国1000軒以上の契約農家から集めた食材を自宅で簡単に調理できるよう食材セットを提供しているが、外食産業とのコラボもうまい。「レストランの味を家庭で」をコンセプトに有名シェフ監修のレシピを厳選された食材で提供したり、大戸屋や塚田農場など外食チェーンのメニューを自宅で再現できるような食材キットを販売したり。一方、食品メーカーが有名ラーメン店の味を再現したチルド・冷凍ラーメンを積極的に投入する動きもある。

 ただ、こうした内食産業による外食エッセンスの取り込みはコロナ禍以前から見られた現象だ。今は、外食産業が内食エッセンスを取り込もうと顧客のキッチンへのアクセスを試みている。コロナ禍で内食と外食の垣根が消え、食品業界の生態系が大きく変わっていく可能性がある(図2)。

内食比率は高止まり

 新型コロナウイルス禍は、まもなく3年目に突入しようとしている。未曽有の災禍の中、私たちの暮らしにもっとも大きな影響を与えたのが「食生活の変化」であることは間違いない。2年もの間、断続的な巣ごもり生活を経験したことで、食に対する人々の意識や行動も少しずつ変化してきた。

 コロナ禍1年目と2年目の大きな違いは、食生活における“自主性”である。1年目の食生活は完全に「強いられたもの」だったが、感染防止対策の浸透やワクチン接種によって経済活動がある程度自由になった2年目は、食生活にも自主性が伴った。自主性を伴う現在の食生活は、感染収束後も継続する可能性が高い。それはつまり、人々の食生活がコロナ禍以前の状態に完全には戻らないことを意味している。

 食生活がコロナ禍以前の姿には戻らないとはどういうことか。それを象徴する指標が「内食比率」である。

 内食比率とは食費全体のうち外食費を除く支出額、すなわち自宅で食事するためにかけた支出額の割合を示したものだ。内食比率は、20年4月の緊急事態宣言で巣ごもり生活を強いられたことで一気に跳ね上がった。注目すべきは今年に入ってからの数字だ。ワクチン接種が進み、感染予防に対する「気の緩み」が指摘される中でも、内食比率はなお高止まりを続けている(図3)。

 昨年春、半ば強制的に始まった「内食生活」は、人々が少しずつ自主性を取り戻してきた今もなお、元の状態に戻る気配がない。それは、内食中心の生活が感染収束後も構造化・定着化する可能性があることを示唆する。

40代以下で内食伸び

 背景には「慣れ」と「楽しさ」がある。強いられた内食生活も、その状態が2年近く続くと消費者はそれなりに順応し慣れていく。中には内食中心の生活に「楽しさ」を見いだす人も増えてきた。楽しさの象徴は「調理」である。コロナ禍当初は慣れない内食生活で「調理疲れ」を起こす人も多かったが、冷凍食品や缶詰などの簡便食材やテークアウトの活用によって、内食対応が上手になった。調理疲れが解消されて心に余裕が生まれると、調理は楽しさへと変わる。

 コロナ禍での内食支出の伸びを世代年齢別に見ると、伸び率が高いのは40代までの比較的若い層であることがわかる(図4)。

 中でも、外食中心でめったに自宅で調理などしなかった若い人たちが、SNS・動画サイトをきっかけに、調理の楽しさを知った。

 今の内食比率の高止まりは外食産業の低迷を意味しない。むしろ内食市場という新たな世界を視界に入れることで、外食産業はこれまでにない魅力的な価値を提供する産業に生まれ変わる可能性さえあるといえる。

(藤原裕之・センスクリエイト総合研究所代表)

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