週刊エコノミスト Online書評

米国外交問題評議会会長が、国際秩序理解のため入門書執筆=評者・藤好陽太郎

『The World 世界のしくみ』
『The World 世界のしくみ』

『Tthe World 世界のしくみ』 評者・藤好陽太郎

著者 リチャード・ハース(外交問題評議会会長) 訳者 上原裕美子 日経BP 2420円

歴史、戦争、気候、通貨…… 米外交のプロが考える世界秩序

 2021年8月のアフガニスタン撤退の大混乱で、米国の威信は傷ついた。米国は力を失っていくのか、対象を絞ることで力を維持できるのか専門家の見方は交錯している。

 01年の米同時多発テロ後に米国はアフガンに侵攻し、03年にイラク戦争を始めたが、失敗に帰した。

 筆者は記者時代、イラク侵攻までの数カ月、米政権の内幕を明らかにすべく、米国務省などを取材した。驚くべきことに02年暮れにすでに国際石油資本(メジャー)幹部らがワシントンの石油コンサルタント会社の一室で「フセイン後」をめぐり協議をしていた。石油権益以上に政権を攻撃に傾かせたのはネオコン(新保守主義派)と呼ばれるタカ派勢力である。善悪二元論で民主主義を世界に広げようともくろんでいた。

 著者は当時、「テロとの戦い」の政策立案に関わる国務省高官だった。イラク戦争の決定では蚊帳の外に置かれたとされ、本書でも反対したと記している。

 現在、米外交問題評議会会長を務める著者は、世界を理解する入門書として本書を書き下ろした。世界の歴史、戦争など国際政治、気候変動や通貨といったグローバルな課題などを明快に分析している。

 世界中が注視する中国と台湾の問題、ロシアとウクライナの問題、イランの核開発問題にも紙幅を割く。イランが核兵器を開発した場合、サウジアラビアなどが後に続くのか、米国とイスラエルが核施設を破壊するのか、など現実的な選択肢を提示する。米軍のアフガン撤退は、こうした国の現在秩序変更への野心を強めているように映る。著者は中東では「大半の政府は自国内を掌握できていない」と、世界が平時と戦時のはざまにあることを突き付ける。

 歴史をめぐる記述では、約400年前のウェストファリア条約による国民国家と国際秩序の確立から説き起こす。ナショナリズムの台頭を前に、緊密な貿易関係も勢力均衡も第一次世界大戦を防げなかった。ドイツへの過酷な賠償金が次の大戦につながると批判したのは経済学者のケインズだ。歴史の理解を深めることは未来の洞察につながるだろう。

 執筆の背景には米国の若者が世界に無関心なことへの危機感がある。これは世界共通の傾向と言える。

 著者は、世界の秩序維持の重要性を強調する。米国の関与が薄まろうが米国が中心となり各国も努力しなければ戦後75年の平和は例外になると警告する。海外の報道が少なめの日本では世界情勢の現実ともろさに一層目を凝らさなければならない。

(藤好陽太郎・追手門学院大学教授)


 Richard Haass ジョージ・H・W・ブッシュ政権で大統領上級顧問、コリン・パウエル国務長官のもとで政策企画局長を経験。またキプロスおよび北アイルランド特使も務めるなど外交政策担当として豊富な経験を持つ。

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