教養・歴史書評

企業不祥事はなぜ起きるか。7件の事例で原因究明=評者・加護野忠男

『企業不祥事とビジネス倫理 ESG、SDGsの基礎としてのビジネス倫理』 評者・加護野忠男

著者 井上泉(ジャパンリスクソリューション社長) 文眞堂 2530円

一流企業の不正はなぜ起きたか 背後にある「共通の問題」とは

 日本の一流企業で不祥事が相次いで起こった時期があった。一流企業は十分な教育訓練が行われていたはずだ。それにもかかわらずなぜ不祥事が頻発してしまったのか。

 本書では、これらの不祥事がどのようにして起こったかについて詳しいケーススタディーが行われている。

 取り上げられているのは、損保業界保険金支払い漏れ事件、中日本高速道路笹子トンネル天井板落下事故、ベネッセ個人情報漏えい事件、東洋ゴム免震ゴム検査データ偽装事件、三菱自動車燃費データ不正事件、商工中金融資不正事件、かんぽ生命不適正契約募集事件の七つ。

 著者は、これらの不祥事を分析するにあたっての理論的枠組みとして、「不正のトライアングル」理論を用いている。この理論は米国で提唱されたもので、不祥事の発生を、動機、機会、正当化の三つの要因から説明する。

 本書の中で著者の主張が最も明確に示されているのは第5章である。ここで著者は不祥事をなくすためには、二正面からのアプローチが必要だという。第一のアプローチは、個人の内面を強化するアプローチ。もう一つは個人の倫理観の発露を保障していく仕組みを整備するアプローチである。

 この二つのうち、著者は前者の内面からのアプローチを重視する。そのためには、無批判に組織に従属しないという個の確立、企業は社会からの預かりものであるという広義の受託者責任の自覚、事業運営のプロフェッショナルとして守るべき倫理の再確認の三つを行う必要があるという。

 本書では、不祥事の経緯が詳しく書かれているが、著者は内面からのアプローチを重視するために、仕組みの分析はいささか甘くなっている。本書で取り上げられた不祥事の約半数の背後には共通のマネジメントの仕組みがある。

 現場に対して高い必達目標を与えて、現場の頑張りと知恵を引き出そうとする仕組みである。この方式は、多くの日本企業で採用されている。この目標が高すぎたために、現場での不正が誘発されるという例が少なくない。経営者は、目標設定が適正であったかどうかを再検討しなければならない。

 このほかにも本書の事例を読者が独自に分析すれば、不祥事の原因になりそうな事柄に気づくことができるはずだ。経営者や内部統制の担当者、監査の責任者にぜひ読んでほしい本である。

(加護野忠男・神戸大学特命教授)


 井上泉(いのうえ・いずみ) 慶応義塾大学商学部卒業後、安田火災海上保険(現、損害保険ジャパン)入社。その後、東日本高速道路常勤監査役などを経て現職。著書に『企業不祥事の研究』など。

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