食品ロスからコオロギ食まで、これからの「食」を考える必読書=評者・後藤康雄
『食べる経済学』 評者・後藤康雄
著者 下川哲(早稲田大学准教授) 大和書房 1870円
食料ロスからコオロギ食まで 我々はどれだけ真剣に考えたか
私たちの生活に不可欠な衣食住。中でも「食」の重要性については衆目が一致するだろう。「衣」「住」の消費支出に占める割合がそれぞれ約4%、10%に対し、「食」は3割弱にのぼる(総務省、2019年全国家計構造調査)。生命維持に直結する点でも「食」は他と一線を画する。
それほど大事な「食」を、我々はどれだけ真剣に考えてきただろうか。忙しい日常での関心は、いかに食費を抑えるかとか、いかにおいしいものを食べて自らを癒やすか、といったあたりが中心ではないか。一方で、直接体に摂取する財なので、品質に関わる事態が生じると過敏にもなる。本書でも指摘される環境問題、人口問題、格差問題など人類のさまざまな課題に深く結びついていることも漠然と理解はしている。
食料問題を真正面から捉える手始めに、近年注目される食品ロスを考えてみよう。なぜ食品ロスが問題なのか。もったいない、という後ろめたさ以外の実害は何か。時代劇に出てくるような悪徳商人が食品ロスで私腹を肥やしているわけでも、貢ぎ物の元手にしているわけでもなさそうだ。我々は、食料に関して問題意識は持ちつつも、いざ考え始めるや問題の所在を見失う。
新進気鋭の農業経済学者である著者は、食料問題を巡る複雑な構造を、快刀乱麻のごとく明快に整理する。まず問題の原因を、天候や環境など自然の摂理に負う生産の基本的性格、頭では理解しても食生活を変えられないといった人間の特質、市場メカニズムが十分機能しない「市場の失敗」、という三つに分類する。その上で、新たな視点とそこから生まれる新たな課題、解決の方向性へと、話は何層にも展開していく。
例えば最近話題の「コオロギ食」。コオロギは栄養豊富で環境負荷も低いらしい(確かに聞いたことがある)。とはいえ、そのままではつらいので、粉末にしてまぜれば抵抗感も和らぐ?(うっすら聞いたことがある)、我々が食しなくとも、栄養価の高い飼料として家畜に与える道もある(なるほど)。しかし、コオロギ生産者が、大量にひしめく彼らに対峙(たいじ)する状況は避けられない(うっ……)。
時代劇「水戸黄門」で旅を共にするキャラクターが、茶店で団子を食べ過ぎるおなじみの場面があったが、今や団子ひとつとっても、小豆、砂糖、竹串等々を通し、世界とつながっている。現代の食料市場の構造を理解し、我々や我々の子孫が持続可能で豊かな食を維持する道を考える上で、本書は必読書である。
(後藤康雄・成城大学教授)
下川哲(しもかわ・さとる) 北海道大学農学部農業経済学科卒。米コーネル大学で応用経済学の博士号取得後、アジア経済研究所研究員などを経て現職。農業経済学、開発経済学、食料政策が専門。