教養・歴史 書評

劣悪な労働環境で搾取される移民を取材。渾身のルポルタージュ=評者・高橋克秀

『ルポ コロナ禍の移民たち』 評者・高橋克秀 

著者 室橋裕和(フリーライター) 明石書店 1760円

搾取、差別されつつ懸命に生きる 「アリの目」で見た等身大の姿

 日本への労働移民が本格的に始まってからおよそ30年。きっかけはバブル時代の人手不足を補うための出入国管理法の改正だった。ブラジルやペルーの日系人の子孫を定住者とみなして就労可能にしたのだ。移民の子孫を移民として逆輸入しようという政策だった。

 彼らは日系人ではあるが言葉も生活習慣も全く異なる中で、主として地方の生産・建築現場で懸命に働いてきた。日本社会との摩擦もあったが、ともあれ移民はこの国の現場を支え、税金を払い、コミュニティーと家庭をつくってきた。初期の移民は高齢世代に入りつつある。

 このルポは今を生きる移民の等身大の姿を丁寧に取材している。東南アジアに長く暮らし、現在は東京・新大久保(新宿区)に住む室橋氏が皮膚感覚で指摘する問題は深い。コロナ禍によって、まっ先に解雇されているのは移民たちだ。ワクチン接種の予約や一時金の正確な情報もなかなか届かない。移民の子どもたちの教育問題は依然として深刻だ。

 国は具体的な対応を現場に丸投げしている。地方自治体とNPO、宗教関係者、ボランティアなどが懸命に移民をサポートしている。しかし、現場は人手不足で極度に忙しく、担当者の疲労は蓄積している。

 近年は移民の出身国が多様化し、なかでもベトナム人とネパール人が目立つ。ベトナム人の多くは渡航費やあっせん費の名目でブローカーに多額の借金を背負い、技能実習生として日本に送り込まれてくる。この制度は日本で学んだ技術を母国で役立てるという建前で始まったが、実態は日本人が嫌う肉体労働の現場へ外国人を送り込む仕組みになっている。最近の報道によれば、北海道のある菓子製造業者はベトナム人従業員が住む寮の水道光熱費を2倍に引き上げ、これに抗議したストライキに対して雇い止めで対抗し、損害賠償まで請求しているという。

 技能実習生に対する暴言や暴力、賃金のピンハネは日常茶飯事だ。耐え切れずに逃亡した実習生がやむをえず犯罪に走る例もある。行き場のない移民のためのシェルターもある。埼玉県本庄市にある大恩寺や名古屋市の徳林寺には逃亡実習生が肩を寄せ合うように暮らしている。

 一方、移民たちを気の毒な弱者とステレオタイプにみるのは間違いだと本書は指摘する。たくましく生き、ビジネスで成功する人も多い。移民たちに対しては、もっと情報収集能力を高め不利益を被らないようにしようと激励もする。日本社会をアリの目で見た血の通ったルポである。

(高橋克秀・国学院大学教授)


 室橋裕和(むろはし・ひろかず) 1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発の日本語情報誌に携わる。帰国後はアジアをルポするライターとして活動中。著書に『ルポ 新大久保』『日本の異国』など。

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