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ワクチンの「自治体ガチャ」を防ぐには=佐々木周作

ホームページの情報発信力に格差

「自治体ガチャ」という言葉をご存じだろうか。「ガチャ」とは、抽選型の玩具購入方式のことである。筆者の幼少期には「ガチャガチャ」とか「ガチャポン」という名前で呼ばれていた。購入してみないと玩具の中身が分からない「宝くじ感覚」がとても楽しかった記憶がある。

 さて、この「自治体ガチャ」という言葉は2021年夏ごろから耳にするようになった。新型コロナウイルスワクチンの接種のしやすさが自治体間で大きく異なったこと、それにより接種率の伸びも自治体間で大きな差が生じたことを皮肉った表現である。確かに筆者も、接種券の到着した時期や予約受け付けの開始時期、予約しやすいワクチンの種類など、さまざまな点で、自分の住む自治体と近隣自治体との違いを感じた。

 接種券がタイムリーに送付されないことに加え、ホームページ上のワクチン接種に関する説明が膨大で細かく読みづらいこと、接種の予約手続きの方法が煩雑で分かりづらいことなどが、積極的にワクチンを接種しようと考えていた人たちの意向を阻害し、接種の「先延ばし」を生じさせるのではないか──。人間の意思決定の特徴について研究する「行動経済学」では、こう指摘されてきた。

英国はガイドライン作成

 筆者が指導した東北学院大学経済学部の21年度2年生のゼミでは、チェック項目に基づき東北6県に227ある自治体のコロナワクチンに関するホームページの「情報の充実度」や「見やすさ」「わかりやすさ」を採点する試みを行った。偏った採点を防ぐために、1人でなく2人一組で採点する、各自治体について2人組をランダムに作成する、などの工夫を施した。

 1人100点満点、2人合計で200点満点の採点表を使って評価したところ、採点結果の平均値は81・4、最大値は140で最小値は6、標準偏差は23・1だった(図)。シンプルな仮説であるが、もし全ての自治体が同じくらいの理解しやすさと見やすさでワクチンの情報を発信していたならば、採点結果も同じくらいの得点に集中していたのではないか。

 つまり今回の結果から、自治体のホームページにおけるワクチンの情報の内容や質が、自治体間で大きく異なっていた可能性が示された。もちろん、人口規模や住民の年齢層などの特徴から、ホームページを通じた情報発信の優先度合いの低い自治体もあるだろう。とはいえ新興感染症のパンデミックのような未曽有の危機に関する情報をホームページで発信することは重要であり、その内容や質は自治体間で一定程度同じであることが望ましいだろう。

 ただ、現場の混乱は容易に想像がつく。厚生労働省などの中央政府機関から次々に新しい情報が提供される中で、各自治体はそれらの情報をホームページに掲載するだけで精いっぱいというケースが多かっただろう。

 ここで、英国の事例を紹介しよう。英国では地方自治体協議会が『行動インサイトを応用して新型コロナウイルスワクチンの接種を促進するためのガイド』を発行し、情報発信時に役立ててもらうよう呼びかけていた。前述の筆者らの調査のチェック項目は、このガイドを日本向けに調整したものである。

 このガイドでは、12の工夫が提案されている。そのうち8個は「ワクチン接種を意図してもらうためのもの」で、「簡潔かつ明確なメッセージを使用する」「ワクチン接種による社会的な便益を強調する」といったことが、期待される効果などとともに紹介されている。残る4個は「意図したことを行動につなげるためのもの」であり、「ワクチン接種の計画を立てることを支援する」「ワクチン接種についてリマインドする」「行動を妨げる要因を取り除く」などである。

 日本でも、中央政府機関の側で、ホームページ上で発信することが望ましい情報の項目やデザイン、接種券の郵送や予約受け付けの方法について、具体的なガイドラインを提示していれば、「自治体ガチャ」は緩和できたかもしれない。

接種促す「メッセージ」

 さて、行動経済学を含む行動科学分野では、どのような呼びかけがワクチン接種を後押しするキラーメッセージになりうるかを探る学術研究も進められてきた。

 筆者は国立感染症研究所の齋藤智也氏、大阪大学の大竹文雄氏と共に、「周囲の人たちの接種意向」をどのように表現すれば、人々の接種意向の強化につながるのかを、実験的に検証した。

 この研究を進めるにあたって苦労したのは、メッセージに使用できるコンテンツが非常に限られていることだった。コロナワクチンの効果は、変異株が存在するが故に不確定であり、例えば「あなたのワクチン接種は、感染流行を抑制し、多くの命を救うことにつながります」「あなたがワクチン接種を受けないと感染流行が抑制できず、多くの命が失われることになります」のように、しっかりした感染予防効果に基づくメッセージを採用することが難しかった。

 そこでワクチンそのものの効果とは無関係な、独立した情報を盛り込めないかと検討し、アンケート調査の結果に基づき表のようなメッセージを考案した。データ解析の結果、Bのメッセージが人々に不快感を追加的に与えることなく新たに接種を希望する人を増やす効果を持つことが分かった。

 筆者は、この研究成果を自治体現場の担当者と共有する機会を得たが、今のところBのメッセージが実際に採用された例は聞かない。閲覧者の感情に配慮した点は肯定的に評価されたが、政策担当者は、「ワクチン接種」というトピックで、自分と他者の関係にスポットを当てることには積極的になれないようだ。

 学術研究者として政策コミュニケーションへの実質的な貢献を目指す際は、現場の担当者が「使いたい」と思えるかどうか、という観点が極めて重要になる。

 海外の研究では、「あなたのためにワクチンを確保しています」というメッセージの有効性が実証され、現場での活用が提案されてきた。これはワクチンの「所有感」を刺激するものであり、我々が考案したメッセージと同じように、ワクチン本来の効果とは独立した内容になっている。このメッセージなら、日本の政策担当者にも採用されるだろうか。

(佐々木周作・大阪大学特任准教授)


ワクチン接種を後押しするキラーメッセージとなったのは…

A)「あなたと同じ年代の10人中X人が、このワクチンを接種すると回答しています」

B)「ワクチンを接種した人が増えると、ワクチン接種を希望する人も増えることが分かっています。あなたのワクチン接種が、周りの人のワクチン接種を後押しします」

C)「ワクチンを接種した人が増えると、ワクチン接種を希望する人も増えることが分かっています。あなたがワクチンを接種しないと、周りの人のワクチン接種が進まない可能性があります」


 ■人物略歴

佐々木周作(ささき・しゅうさく)

 1984年大阪府出身。京都大学卒業後、三菱東京UFJ銀行(現・三菱UFJ銀行)入行。退職後、大阪大学大学院博士課程修了。東北学院大学経済学部准教授などを経て現職。専門は行動経済学・実験経済学。博士(経済学)。


 本欄は、藤井秀道(九州大学大学院准教授)、江夏幾多郎(神戸大学准教授)、佐々木周作(大阪大学特任准教授)、糸久正人(法政大学准教授)、藤原雅俊(一橋大学教授)の5氏が交代で執筆します。

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