教養・歴史書評

AIを侮るな。「仕事の足りない世界」という現実の可能性に向けて=評者・諸富 徹

『WORLD WITHOUT WORK AI時代の新「大きな政府」論』 評者・諸富徹

著者 ダニエル・サスキンド(オックスフォード大学経済学フェロー) 訳者 上原裕美子 みすず書房 4620円

 技術進歩は、人間の仕事を奪うのか、それとも増やすのか。19世紀イギリスでは、機械の導入が失業をもたらすことを恐れて「ラッダイト」と呼ばれる機械破壊運動が起きた。

 だが実際には、技術進歩が原因で大量失業が起きることはなかった。機械は仕事を奪うが、他方でそれを上回る仕事を創り出す。これは、これまでの歴史が示すところだ。

 しかし、過去がそうだったからといって、未来も同じだとは限らない。著者が見据えるのは近年、機械学習/深層学習で急速な発達を遂げる人工知能(AI)だ。これは人類史で初めて、仕事の総量を減らす破壊力を発揮する技術になるかもしれない、という。

 経済学者は、私たちを安心させる仮説を開発してきた。この仮説では、技術進歩がその職業(ジョブ)を丸ごと不要にするのではなく、その職業を構成する仕事のうち定型的な仕事(定型タスク)だけを代替するのだ、と主張される。だとすれば仕事の総量が減るわけではない。AIがもたらす変化は、私たちが対応可能な限定的変化に過ぎない。

 だが著者は、AIの潜在的な可能性を過小評価してはならないと警告する。AIの能力向上から読み取れるのは、それが代替するのはもはや定型的な仕事に限られないということだ。つまり、いまのAIの進化を前提にすると、非定型的な仕事ですら置き換え可能というのだ。

 この結果、起きるのは一時的・摩擦的な失業ではなく、人間に対して仕事の総量が恒久的に不足する構造的失業という事態だ。「仕事の足りない世界」では、社会課題も一変する。第一は、仕事のない人々の所得をどう保障するか、第二は、増える余暇をどう過ごすのかという課題だ。

 これらの課題は、労働市場だけで解決できないため、政府に新たな役割を与える。著者は、社会貢献と引き換えに所得を受け取る「条件付きベーシックインカム」の導入で仕事のない人々の所得を保障し、増えた余暇を用いて実り豊かな人生を送れるよう政府が支援する「余暇政策」の導入が必要だと提言する。

 直近で労働力不足が起きているいま、本当に「仕事の足りない世界」がやってくるのか、読者も半信半疑ではないだろうか。だが、AIの潜在力はまだ解き放たれ始めたばかりだ。本書で示されるAIの発達傾向や変化の最前線を知ると、不可逆的な変化が将来起きるかも、という不安に駆られる。私たちは少なくとも、「新しい現実」を受け入れる心の準備が必要なのかもしれない。

(諸富徹・京都大学大学院教授)


 Daniel Susskind オックスフォード大学のAI倫理研究所シニア・リサーチ・アソシエイト。英政府の首相戦略ユニット、内閣府勤務などののち、現職。著書に『プロフェッショナルの未来』がある。

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