《超円安サバイバル》歴史的円安下の街を歩く、海外でも円安による“異変”=梅田啓祐・斎藤信世
独自ルポ円安見聞録 製造業「正直困る」 タイでは「円買いだめ」=梅田啓祐/斎藤信世
日本で海外で“暮らしに響き始めた”
円安は消費者や企業、海外に住む日本人へも影響を与えている。編集部が国内と外国の街に飛び、話を聞いた。(超円安サバイバル 特集はこちら)
「オールショックだ、こりゃあ」。東京都豊島区の銭湯「妙法湯」で70代の男性利用客が円安の影響を報じたテレビ番組を見て、そう漏らした。新型コロナウイルスにロシアのウクライナ侵攻、そして記録的円安による「三重苦」が生活必需品や光熱費などを押し上げ、値上げが相次いでいる。
「請求書」に震える
「ガス料金の明細を見て思わず手が震えた。ここまで高騰するとは……」と頭を抱えるのは妙法湯の店主、柳沢幸彦さん(57)だ。ガス料金は2021年12月は約33万円、22年1月は約36万円、2月は約57万円。1年前から2倍近くに跳ね上がった。
銭湯は公益事業の側面から、敗戦直後のインフレ対策で設けられた物価統制令の対象とされ、料金は都道府県の審議会や協議会での議論を踏まえ、知事が決める。
現在、都内の銭湯利用料金は480円(12歳以上)で、自由に価格転嫁することは困難だ。さらにシャンプーや洗剤など消耗品に加え、近年話題のサウナは設備維持にもコストがかかる。
柳沢さんは、「冬になれば湯も冷めやすくなり、沸かし続ければ、さらに出費はかさんで廃業する店も出てくるのではないか」と警鐘を鳴らす。
観光地の有名老舗も葛藤
一方、飲食店もかつてない苦境に立たされている。浅草名物「ジャンボめろんぱん」で知られる浅草花月堂雷門店では22年初めに単価を220円から250円に30円値上げしたばかり。太田浩行店長は「小麦やバターなど原材料に加え、包装材まで軒並み高騰している。商品の質は落としたくないので厳しい」と話す。
戸越銀座商店街(東京都品川区)に店を構える肉屋「ミート&デリ355飯田ミートストアー」では2年間で、総菜の揚げ物に使う油の値が3000円台から5000円台に上昇。「仕入れ先も限界まで我慢している状況だ」と理解を示すが、不安は尽きない。こちらも原油高騰で容器類が22年4月から一律10%上がった。今後は輸入チーズの値上がりも想定され、商品への価格転嫁に踏み切らざるを得ないとの考えだ。店の関係者は「見守ることしかできないのがもどかしい」と表情を曇らせた。
部品企業は息切れ寸前
「正直、円安には困っている」。そう話すのは、自動車シートのプレス金型の設計・製作を手掛けるチヨダ工業(愛知県東郷町)の早瀬一明社長だ。同社は金型製作を主力事業としているが、原材料となる特殊鋼が円安で値上がりしているという。費用の増加分を取引先への見積もりに反映することもできず、厳しい状況が続く。
「現在は国内モデル案件を多く受注しているが、その多くはベトナムへ発注している。円をドル換算するのでベトナム側が一番悲鳴を上げている。無論、為替負担の全てをベトナム側に負ってもらうわけにもいかないので、多少日本側でも負担している」と説明する。早瀬氏は、「5〜6月にかけて、円安による影響が更に表れてくるのではないか」と声を落とした。
部品の金型製作などを手掛けるユーアイ精機(愛知県尾張旭市)の水野一路社長は、「鋼材、銅の価格が上がっている。売値に転嫁できる商品は、(取引先に)売値を上げてもらっている」と話す。
同社は自動車部品製造会社から鋼材を仕入れ、プレス加工をした後、同一の会社に製品を納入している。この最終製品の価格が円安などの影響を受け上昇傾向にあるという。実際、今年4月納入分からは、これまで原単価が3300円だった製品が3350円に値上がりしたという。水野氏は昨今の急激な円安について、「我々のような小さな会社でも変化を感じる」と話す。
一方、円安による恩恵を受けている企業もある。非鉄大手のJX金属は、海外に権益を保有している鉱山の運営や、主にドルをベースにマージン(利ざや)が決定される金属製錬、海外顧客への輸出が多い先端素材を中心とした事業展開をしている。そのため担当者によると、「円安は短期的な収益面ではプラスに働く」という。
一方で、「長期的には、エネルギー価格や資材・建設価格の高騰につながることも考えられ、状況を注視していく必要がある」と、慎重な見方も示した。
外貨両替所で「ニヤリ」
5月1日、日本人にも人気が高い観光地、東南アジアのタイを訪れた。首都バンコクにある外貨両替所では外国人やタイ人による長蛇の列ができていた。円安による“異変”は日本から遠く離れたこの地でも確認できる。
日系メディア企業で営業として働く佐藤有紀さん(36)は、「日本に帰国する時のために、円を買いためている日本人が増えているようだ」と指摘。佐藤さん自身もこの日、10万バーツ(約38万円)を日本円に両替。「(買い占めで)円が無くなっている両替所もあるので、両替できてよかった」と話した。
佐藤さんは円安のニュースが話題になり始めた2月後半〜3月初旬にかけて円を買い始めたといい、ここ最近は日々の為替レートチェックを欠かさないという。この日、佐藤さんは1円=0・268バーツのレートで両替し、「前回両替した4月9日の1円=0・275バーツよりも安くなっている」と笑みを浮かべた。
邦人居住区に近いアソーク駅の外貨両替所「スーパーリッチ」で働くスタッフによると、今年2月から日本円への両替が増え始めたといい、多い日は1日数十人もが円を求めて来店するという。在タイ日本人やタイ人は、ポストコロナの日本への渡航を見据え、円安・バーツ高の今を見計らって円買いに走っているようだ。
(梅田啓祐・編集部)
(斎藤信世・編集部)