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ガソリン補助金の価格抑制効果に疑問=小嶌正稔

ガソリン価格は補助金に関係なく市場動向で決まっている 筆者提供
ガソリン価格は補助金に関係なく市場動向で決まっている 筆者提供

ガソリン

 足元で高値が続いている原油価格。その対策として導入された補助金政策は実効性に疑問がある。

政府の原油高騰対策は“石油業界の支援”策=小嶌正稔

 2022年4月26日、政府は「原油価格・物価高騰等総合緊急対策」を発表した。これにより、時限的・緊急避難措置とされていた「原油価格高騰の激変緩和措置」は拡充され、「原油価格高騰対策」として、7月10日の参議院選挙後の9月末まで延長されることになった。原油価格高騰対策に投入される国費は、総合緊急対策全体の4分の1を占める1.5兆円にもなる。

 原油価格高騰対策が動き出したのは21年11月。開始時は時限的・緊急避難的な激変緩和措置と位置付けられ、とにかく迅速な対策実施に重点が置かれた。このため民間企業(石油元売り会社)に国費(補助金)を支給するという、通常は考えられない政策が動き出した。

 具体的には、レギュラーガソリンの全国平均小売価格1リットル当たり170円を基準価格とし、価格が上昇した分は、1リットル当たり5円を上限として、石油元売り会社に補助金を支給する。基準価格は4週間ごとに1円ずつ切り上げるとした。この段階的な切り上げは、対策終了時を意識した激変緩和の措置だ。

不可解な算定基準

 対策は22年1月27日から実施されたが、原油価格の高騰は止まらず、2月21日には上限の5円を超えた。2月24日にロシアによるウクライナ侵攻が始まると、政府は3月10日から補助金支給の上限を25円に引き上げたほか、基準価格の算定方式を変えた。

 3月7日までは原油価格の変動分を補助金の算定基準としてきたが、これに小売価格の変動分を追加した。このため、仮にガソリンスタンドが自社の経営状況によって小売価格を変更すれば、それが補助金の金額に反映される仕組みとなった。

 表1に4月19日までの補助金支給額と価格抑制効果をまとめた。抑制効果の差額がマイナスになっているのは、補助金相当分まで価格が下がっていないことを意味している。

 原油価格の変動のみを基準としていた1月31日~3月7日の補助金支給額の累計は1リットル当たり27.1円で、価格上昇抑制効果は同25.3円。差の1.8円は徐々に解消される程度の水準だった。

 しかし、新たな算定基準後は、支給累計額が184.1円に増加したものの抑制効果は174.9円で、差は9.2円に拡大した。それを油種別に見ると、レギュラーガソリンが11円、軽油が10.8円、灯油は12.6円に拡大している。これらの合計34.4円が、支給額と抑制効果の差となる。これだけ差が拡大すれば「原油価格高騰対策ではなく、石油業界支援策だ」と見られても仕方がないのではないか。

 石油元売り各社への補助金は、4月から支給上限額が1リットル=25円から35円に引き上げられた。さらに補助金の基準価格は、172円程度から168円程度に引き下げられ、基準価格を超えた分は2分の1を支援する仕組みとなった。

 この変更は話題となっている「トリガー条項」と微妙に関係している。この場合の「トリガー条項」とは、揮発油税(ガソリン税)の暫定税率を一時的に停止する税制の条項で、総務省が毎月発表しているガソリンの全国平均小売価格が、3カ月連続で160円を超えた場合、暫定税率分=25.1円を停止し、原油高騰が一段落し、3カ月連続で130円を下回れば税率を元に戻すという施策だ。今までトリガー条項が発動されたことはない。

 トリガー条項の160円は、10年当時の消費税5%を差し引くと本体152.38円で、これに現在の消費税10%を掛ければ167.6円となる。前述の基準価格を172円から168円に引き下げたのは、実はトリガー条項を発動することなく、これを適用した結果だ。補助金の35円への増額も同じで、4月4日の全国平均小売価格は、補助金がないと仮定すると、203円程度になる。これと168円との差は35円で、トリガー条項の基準がそのまま適用されているといえよう。

 トリガー条項解除の要件の130円は、現在の税率に直すと136円で、原油をめぐる情勢を考えれば、当面の間は136円に戻るとは考えにくい。政府はトリガー条項を実質的に発動して、後のことは別途考えるという姿勢なのだろう。

基準価格にも疑問

 ただし、ここで注意が必要だ。トリガー条項と今回の緊急対策とでは、算定基準となる全国平均小売価格に根本的な違いがある。

 トリガー条項の小売平均価格は、総務省の「小売物価統計調査」の価格であり、その価格は消費者が購入したフルサービスの現金ガソリン価格だ。現在は70%以上のガソリンがセルフサービスのガソリンスタンドで購入されていることを考えれば、時代遅れの規定ともいえる。この価格には、掛け売りや会員価格、価格割引の給油カードなどは含まれないため、消費者が購入する最も高い価格が基準となっている。ただし、この価格は消費者が実際に購入した価格の統計データだ。

 一方、今回の緊急対策の全国平均小売価格は、あくまでガソリンスタンドの販売価格だ。ガソリンスタンドの価格は、現金価格、会員価格、カード会員価格など9種類の価格が存在し、看板にも複数の価格が掲示されている。緊急対策の全国平均小売価格は、小売業者が報告する報告価格であり、業者の価格意識が反映された価格のため、透明性は希薄だ。ドイツの価格表示は、基本的にそのガソリンスタンドで販売される最低価格が報告対象だ。政府は補助金を投入するならば最低限の価格を基準とするべきだろう。

 ガソリンスタンドでの販売価格は、各ガソリンスタンドが決める。各店で小売価格に差があるのは、製油所や油槽所からの距離など、コスト面で違いがあるからといわれている。しかし、実際はこれでは説明できない。全国ベースで石油元売り会社からの卸売価格(22年3月時点)の差を見ると、最高で3.4円の開きがあるが、小売価格の差は12.9円もある(表3)

 表2は、製油所のある県の22年3月の小売価格、卸売価格、小売りマージンをまとめたものだ。製油所のある県同士の卸売価格の差は1.8円にとどまるが、小売価格差は10.7円もある。卸売価格が最低の大分県の小売価格は最も高く、大分県の平均マージンは25.8円で、マージン格差は43%もある。

 さらに、消費者の購買データを集めた5月12日の民間調査会社のデータを見ると、最安値の愛知県が159.6円、最も高い高知県は178.2円で、18.6円も差がある。同じ愛知県内でも最安値は148円で、最高値は192円。差は44円もある。

 すなわち、小売価格は小売市場の競争状況を強く反映するのであり、補助金を出すならば、原油価格の変動分を対象にすることでのみ、透明性を維持できるということだ。

整合性がない

 政府の総合緊急対策では、物価高などに直面する生活困窮者への支援を打ち出しているが、ここでも原油価格高騰対策との整合性に疑問符がつく。

 表4は、電気、ガス、灯油、ガソリンの支出に占める割合を所得分位別に見たものだが、地域別に大きな格差のある灯油を除けば、電気代は所得が低い第1分位の支出の割合が多く、ガソリン代は所得間格差が最も小さい。灯油は、最も支出の大きい青森市と最低の大阪市では約40倍も支出額が異なる。

 灯油は地域間格差が大きいので、地域別に対策を実施すべき油種であり、全国一律に行う対策には適していない。

 筆者は原油の価格高騰対策自体は否定していない。しかし、価格を通して製品の需給を調整する市場メカニズムをゆがめてはならない。ガソリン価格が高ければ節約することで需要が減少し、価格を引き下げる。また、消費者が少しでも安いガソリンスタンドで購入することで、価格は調整されていく。

 だが、今回の緊急対策は、基準価格を引き下げることで消費を喚起した。施策を再検証の上で必要な見直しをする必要があろう。

(小嶌正稔・桃山学院大学教授)

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