気候変動が民主主義に再生を迫っているという問題意識=評者・将基面貴巳
『気候民主主義 次世代の政治の動かし方』 評者・将基面貴巳
著者 三上直之(北海道大学准教授) 岩波書店 2310円
長期・地球的課題にどう対処
欧州発「市民会議」にヒント
「気候民主主義」とは聞きなれない表現である。その英語に相当する「クライメート・デモクラシー」も同様だが、気候危機と民主主義の危機との間に「つながり」があることを巧みに表現している。世界各地で進行中の環境破壊が地球全体で異常気象を引き起こしている現状に対し、各国の政策決定において民主主義が果たして有効に対処できるのかどうかが真剣に問われつつあるのだ。
気候変動を巡る政策決定への参加のあり方として、おそらく最も有名なのは、スウェーデンのグレタ・トゥーンベリさんが2018年、たった一人で始めた「気候のための学校ストライキ」であろう。若い世代の間の運動として世界的に急拡大したが、これとは別に欧州諸国や自治体が19年から「気候市民会議」を開催し、対策を議論していることはあまり知られていない。本書は、英国を中心とする気候市民会議の実態をリポートし、日本での取り組みと今後の課題を論じる。
市民会議は、無作為抽出で数十人から数百人の一般人を選び、専門家からの協力を得て公共的問題を論じる政策形成の試みである。「くじ引き」によって、年代や性別、学歴などが多様な社会全体の縮図ともいうべきグループを形成することで、市民の直接参加と包摂性を促す点が特徴的である。政策決定はもちろん、現状の分析と理解も政府に「おまかせ」にしない点で、市民の民主的意識を深めるといえよう。
しかし、政策決定にどれほどの実効性があるのかといえば、課題は多い。例えば日本では、12年当時の民主党政権は、東日本大震災による原発事故を受けて「エネルギー・環境の選択肢に関する国民的議論」という市民会議で政策の青写真を描いた。だが、同年末の総選挙の結果、誕生した自民党の安倍晋三政権によって白紙に戻されてしまった。
民主主義はわずか数年周期で選挙を迎える以上、数十年単位でその影響が明らかになる気候変動とはサイクルが合わず、長期的に一貫した方針で取り組むことは難しい。政治家にとっても、選挙の争点としてあまり魅力的なテーマではない。しかも、問題は地球規模であり、一国だけでなく国際協調を視野に入れた政策が求められる。その上、経済界には化石燃料に依存する経済モデルに基づき、既得権益を手放したくない勢力が根強く残存する。
以上のように現実は厳しいが、気候危機が民主政治に再考と再生を迫りつつある現状を理解する上で有益な一書である。
(将基面貴巳、ニュージーランド・オタゴ大学教授)
みかみ・なおゆき 1973年生まれ。東京大学文学部社会学専修課程卒。同大学院新領域創成科学研究科社会文化環境学専攻博士課程修了。環境学博士。著書に『地球環境の再生と円卓会議』などがある。