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教養・歴史 書評

日本経済の長期停滞を総合分析し、成長神話からの脱却を促す大著=評者・平山賢一

『成長の臨界 「飽和資本主義」はどこへ向かうのか』 評者・平山賢一

著者 河野龍太郎(BNPパリバ証券経済調査本部長、チーフエコノミスト) 慶応義塾大学出版会 2750円

政府債務を管理する日銀に注目 長期停滞の原因あぶり出す

 本書は、過去10年程度続いた過激な異次元金融緩和政策などの転換期にあたり、あらゆる分野の経済的課題の総括がバランスよく展開され、実に時宜を得た作品になっている。日本経済の長期停滞の原因を、経済学の各専門分野から整理しており、見忘れていた視点が鮮やかにあぶり出されている。読者は、500ページ超の大著を夏の暑さも気にせず、すっきりと読めるだろう。

 中でも、「成長戦略のせっかくの効果を追加財政や超金融緩和のもたらす資源配分の歪(ゆが)みによって相殺した」との指摘には、ハッとさせられる。金融政策の効果の本質は「将来の需要の前倒し」、財政政策のそれは「将来所得の先食い」に過ぎないからである。もし仮に、「コウノミクス」(著者河野氏の描く所得再分配政策)による経済運営がなされていたら、我々はかなり違った現在を生きているかもしれないとの感を抱くはず。

 興味深いのは、「中央銀行が政府債務管理に組み込まれたということを前提にせよ」との主張である。確かに、国債残高の5割を超える国債を保有する日本銀行の場合には、長期金利の安定が優先事項に格上げされている。それだけに、この現実を踏まえた上で、歴史の知恵に学び、消えつつある財政と金融の境界線を鮮明にすることも重要だとの感を抱く読者も多いのではないか。

 例えば、戦時末期に内外インフレーションの分離を意図して、日本銀行を主軸とする国債引き受け体制の見直しが図られたのは意外と知られていない。1943年4月には占領地での横浜正金銀行などによる現地通貨借入金が急増し、45年3月には外資金庫による政府資金調達が図られ、政府債務管理での日本銀行の位置付けが格下げされている。

 あの戦時期でさえ財政の金融政策支配が緩和された事実は重い。国際資金移動が自由化されている現代だけに、あくまでも日本銀行は貨幣価値維持を眼目として信頼性を保つべきだろう。この立場に立ったときに、日銀が保有する既存長期国債と変動利付国債のスワップ(交換)や金融システムの安定に軸足を置く考え、そして独立財政推計機関の設置といった著者の提案が生きてくるように思えてならない。

 最後に著者は、「250年前に始まった化石燃料文明社会が臨界に達し、脱物質化社会に向かう助走期」として現代を位置づけ、地域コミュニティー復活の重要性を指摘する。成長幻想の桎梏(しっこく)を取り払い、「これから」の社会の行く末を冷静に考えるキッカケにもなる良書である。

(平山賢一・東京海上アセットマネジメントチーフストラテジスト)


 河野龍太郎(こうの・りゅうたろう) 1964年生まれ。横浜国立大学経済学部卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)に入行。大和投資顧問(現三井住友DSアセットマネジメント)、第一生命経済研究所などを経て現職。著書に『円安再生』などがある。

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