経済・企業

3割が赤字の水道事業者 日本の断水・漏水事故が止まらない 吉村和就

大半が地下に埋設されている水道管は約66万キロメートルに及ぶ
大半が地下に埋設されている水道管は約66万キロメートルに及ぶ

 日本の老朽化した水道管の長さは地球2周半に上り、更新には130年以上かかるともいわれる。

最高裁が「断水は自治体の責任」

 水道に関する訴訟で、国や自治体が敗訴する事例が急増している。

 沖縄県宮古島市伊良部島で、2018年のゴールデンウイーク期間中に断水が発生した。島内で宿泊施設を営む2法人が断水により宿泊キャンセルをはじめとする営業損害などが生じたと主張、損害賠償(合計350万円)を求め水道管理者である宮古島市を訴えた。この訴訟で、最高裁は7月19日、「市が定めた水道条例は、国の定めた法律(水道法)の本来の趣旨に反している」とし福岡高裁に差し戻す判断を下した。

全国の事業者に衝撃

 いま、多くの自治体では、水道条例により「給水の制限または停止のために損害を生ずることがあっても、市はその責を負わない」と明記している。しかし、今回の訴訟で最高裁第3小法廷(林道晴裁判長)は、伊良部島の水道を管理する宮古島市に対し、これまでの「市の重過失は認められない」とする那覇地方裁判所第1審判決および福岡高等裁判所那覇支部の第2審判決を破棄し、福岡高等裁判所に差し戻す判断を下した。

 主文は「給水義務の不履行にかかわる損害賠償責任の有無を、市の給水条例の免責事項のみに照らして判断することはできない」とし、高裁に差し戻す旨の判決を4人の裁判官の全員一致で下した。

 つまり、各自治体が市の条例で定めた「水道条例は、国の定めた法(水道法)の趣旨に反しており、補償の責任は免れることはできない」と明言したわけである。

 この判決は全国の水道事業体(約1300)に衝撃を与えた。水道施設の老朽化対策や耐震化などの施策の不履行や水道施設の維持管理の不備による断水被害への補償はすべて、自治体の責任が問われる可能性があることを示した。

 伊良部島の断水の原因は、配水池の水位を調整する「流入ボールタップ」の本体と浮き球(フロート)を連結する支柱が老朽化で破損し、池内への流入量が制限され、低水位になり断水したと確認されている。流入ボールタップに法的な耐用年数の定めはないが、1978年に設置されてから40年以上、交換が行われていなかった。

 裁判の争点となっている宮古島市の「水道事業給水条例16条第1項」では「給水は、非常災害、水道施設の損傷、公益上その他やむを得ない事情および法令または、この条例の規定による場合のほか、制限または停止することはない」として給水を保障しているが、第3項では「1項の規定による給水の制限または停止のために損害を生ずることがあっても、市はその責めを負わない」としている。

 この条項が「給水義務の不履行に基づく損害賠償責任を免除した規定であるか、否か」が判断され、1審では「市の重過失は認められない」、2審でも「重大な過失と評価されない」として控訴は棄却されていた(市の勝訴)。

 市の給水条例(05年制定)16条において、例外的に給水を停止することがある場合として「非常災害、水道施設の損傷、公益上その他やむを得ない事情」として、水道法の範囲を超越し「水道施設の損傷」が免責事項として条例に記載されている。従って、この条例による規定は水道法が定める「給水義務を負う場合の不履行に対する損害賠償が免除される規定ではない」と裁判のやり直しを福岡高等裁判所に差し戻した。

 このニュースで全国の水道事業体は大きなショックを受けた。57年の水道法制定以来、多くの自治体では「市は給水停止の損害の責を負わない」と条例で定めて運用されてきた。最高裁は「地方公共団体は、法令に違反しない限りにおいて、条例を定めることができる」と判断し、「法令違反の市条例での免責(営業補償)は認められない」としているとも受け止められるからだ。

 和歌山市の水管橋崩落事故(21年10月)では6万世帯(約13万8000人)、市内4200事業者が1週間の断水被害を受けたが、和歌山市は水道条例(61年制定)第18条を盾に営業補償を行わなかった。

 日本の水道普及率は98%、直飲率(全国どこでも蛇口から飲んでも健康に被害がでない率)は100%と世界に誇る実績を有している。しかし、08年に全国の水道料金収入合計が約2兆5000億円あったのが、この10年間で約2000億円減少している。

 総務省の水道公営企業会計報告によると、全国の約3分の1の事業体において、給水原価が供給単価(販売価格)を上回っている。つまり、3割の水道事業体は原価割れで赤字経営となっている。

 さらに追い打ちをかけたのが「新型コロナウイルス対策」による水道料金の減免である。全国524事業体で実施され、その減免総額は約670億円(21年9月厚生労働省調べ)、さらなる資金難に陥っている。

途絶える技術の伝承

 水道資産の約7割は地下に埋設されている水道管路であり、その老朽化が著しい。全国の水道管路の延べ長さは約66万キロメートルに達する。そのうち耐用年数40年を経過した配管は約16%(地球2周半の長さ)に上るが、更新率はわずか0.75%にとどまる。これは、すべての管路を交換するには130年以上かかることを意味する。

 また、地震対策としての水道施設の耐震化率は38.7%にとどまり、大規模災害時には、断水被害が長期化するリスクが増大している。老朽化した管路の取り換えには、平均して1キロメートル当たり1億~1.5億円かかる(実績参考値)とされ、その財源確保が難しい状況である。

 水道事業者の職員数は約30年前、8万人いたが、最近では4万5000人に減少している。小規模で職員数が少ない水道事業者が非常に多い。数だけではない、質の低下も問題である。計画から施工まで担当してきた経験豊富なベテラン職員は退職期を迎え、その技術・ノウハウを伝承する相手がいないのが現状である。

 伊良部島の断水訴訟については、全国の水道事業体が老朽化した施設を運営している中、水道法による供給義務と、水道施設の維持管理の不備による損害賠償請求を法的にどう扱うのか、その動向が注目されている。

 水道管理者として自治体の責任の在り方が大きく問われることになると同時に、水道インフラ整備にかかる膨大な費用をどのように捻出し、受益者である水道ユーザーが、どう負担するかが問われる時代に突入している。

(吉村和就、グローバルウォータ・ジャパン代表)

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