日本 充電器の普及遅れを補助金注入で挽回 稲留正英(編集部)
EV用の充電インフラで海外に出遅れた日本だが、補助金の大幅増額で市場は一気に活性化している。»»特集「EV充電インフラ最前線」はこちら
ビジネスチャンスも創出
2030年、東京の都心部から高級外国車が消える──。今、輸入車メーカーを中心に、こんな事態を心配する声が出ている。理由は分譲マンションにおける電気自動車(EV)用充電器の普及率の低さだ。
全国の自動車保有台数に占める外国車の割合は約1割だが、輸入車メーカーや販売会社で構成される日本自動車輸入組合(JAIA)によると、東京都港区、渋谷区、目黒区ではその比率は51~45%(21年3月)に達する。
高級車を購入する富裕層は、都心ではマンションに住んでいるケースが多い。しかし、全国に12万棟ある分譲マンションのうち、EVの充電器が設置されているのは1%に満たないとされる。東京都では「新築でも3%前後」(充電器の設備会社)だ。
ユビ電がマンション向け
一方、独メルセデス・ベンツ、BMW、アウディなどの欧州自動車メーカーは、EV化を急速に進めている。アウディでは、「エンジン車をニューモデルとして投入するのは25年まで」(アウディジャパン)。30年でもエンジン車は入手可能だが、最新モデルは全てEVに切り替わる。マンションに住む富裕層は外国車をあきらめ、国産のハイブリッド車に乗るしかなくなる、というわけだ。
そうした、「充電難民」を解消するため、ベンチャー企業が複数、EV充電ビジネスを立ち上げ始めた。その一つが、ソフトバンク発のスタートアップであるユビ電(東京・渋谷区)だ。21年6月から事業を開始し、今年3月までに全国20棟のマンションに200基の充電用コンセントを設置した。
強みは、「WeChargeHUB」と呼ばれる独自のスマート分電盤だ。ユーザーはスマホに「WeCharge」アプリをダウンロード。充電コンセントに表示されているQRコードを読み取り、アプリで充電時間を指定して開始ボタンを押すと、スマート分電盤から電気が送られる仕組みだ。
工事費用は1充電口当たり、30万~60万円。10口だと300万~600万円掛かるが、国などから補助金が出るので管理組合の実質的な負担は3~5割となる。同社の白石辰郎・共同経営者は、「今年度は累計でホテルや商業施設も入れ100施設、1000基の設置を目指す。そのうち、マンションは6割程度になりそう」と見込む。
日産自動車や三菱自動車が軽EVを発売し、「今年はいよいよ日本のEV元年」と期待する声が高まっているが、国内におけるEV・プラグインハイブリッド車(PHV)などの普及台数は20年時点で約29万台と自動車保有台数全体の1%未満にとどまっている。障害の一つが、欧米や中国に対して出遅れている充電インフラだ。
ゼンリンによると、今年3月末に国内に設置された公共の充電器は、直流の高速充電器が8265基、交流の普通充電器が2万1198基の計約3万基。中国(22年6月で153万基)、欧州(21年で31万基)に比べて大幅に少ない。「EVの普及が先か、あるいは充電器か」の議論はあるが、マンションのように充電器がないために、EVが普及しないケースもある。
だが、そうした閉塞(へいそく)感も政府の「脱炭素」シフトで破られつつある。菅義偉首相は20年10月、「温室効果ガスの排出量を50年までにゼロにする」と宣言。21年6月には、30年までに公共の急速充電器を3万基、普通充電器も含めると15万基を整備する方針を示した。経済産業省は21年度、EVやPHVなどのクリーンエネルギー車や充電インフラに対する補助金を当初予算(155億円)と補正予算(375億円)を合わせて530億円とその前年の3倍を計上した。これにより、家庭、商業施設、事業所、高速道路などの公道での充電器設置で、本体価格の50~100%、工事費は100%が補助されることになった。EV用の充電ビジネスはにわかに活況を見せている。
SAの充電器が更新
けん引役が、公共用の充電インフラの設置や課金システムなどを手掛けるイーモビリティパワー(東京・港区)だ。中部電力、東京電力や日産、三菱自などが出資し、19年10月に設立。全国の公共用充電器のうち急速7400基、普通1万2900基が同社のネットワークに接続されている。
同社の花村幸正・企画部事業統括部長によると、①老朽化した充電器の更新、②充電渋滞の解消、③充電空白地域の解消──の3点を進めていくという。
現在、高速道路などに設置されている公共の急速充電器は12年度の補正予算で充電インフラ用に1005億円が計上されたことを契機に、14年にかけ一気に整備されたものが大半だ。急速充電器の耐用年数は8~10年。今後、5000~6000基の更新需要が出てくる。それに、「脱炭素」による新設需要が加わる。充電器大手のニチコンによると、22~25年で毎年1500~2000基、26~30年で同2000基の更新・新規需要が見込まれるという。
イーモビリティパワーでは、老朽化したものや20~40キロワット時の低出力の充電器を最大90キロワット時で充電口が二つ付いたタイプに置き換えていく。東名高速道路の海老名SA(サービスエリア)や中央自動車道の談合坂SAなどの混雑する場所には、一度に6台充電できる大型のものを設置する見通しだ。北海道や東北など、充電空白地帯の充電器拡充も進める。
石油元売り大手では、ENEOSが21年7月に「EV事業推進部」を設置、今年10月以降、全国1万2000カ所のガソリンスタンドに急速充電器を導入する。「25年までに急速充電器を1000基設置する。マンション比率が高い地域を優先していく」(靏能治・執行役員EV事業推進部長)という。
自動車各社もアウディが自社の52店舗に150キロワット時の高出力の急速充電器を今年の夏以降、設置するほか、トヨタ自動車も全国5000の販売店に充電器を置くことを表明している。
充電器を製造するメーカー各社は、こうした状況に対応し、新製品の投入を強化している。日本市場に19年に参入したスイスの重電大手ABBは、90~180キロワット時の超高出力器をイーモビリティパワーや欧州車ディーラーに納入する予定だ。アウディが店舗に導入するのはABB製。ABBの石川雅康・エレクトリフィケーション・プロダクト事業本部長は、「これまでの国内における販売実績は300基弱だが、年内には500基になる」と話す。
新電元工業は、150キロワット時超の超高速タイプで先行しており、今年3月と5月に長野県のBMWと佐賀県の日産ディーラーに納入した。今年8月には、「OCPP」という充電器の国際的な通信規格に対応した製品を発売した。今まで、自動車ディーラーや流通大手などの充電事業者は自らが設置した充電器について、BIPROGYやエネゲート(大阪市)など管理ソフトを提供する「ネットワークベンダー」に管理・運営を任せていた。だが、OCPPを使うと、事業者自らが自社のサーバーで顧客情報を管理できる。例えば、「自社のショッピングセンターでたくさん買い物をする顧客には、充電代を半額にする」などの設定が可能だ。「OCPPは、多くの事業者が充電インフラに参入するキーワードになる」(販売促進課の今井恭佑専任)と期待を寄せる。
事業所に小型急速充電器
急速充電器で国内シェア4割と首位の東光高岳は、更新需要に対応する一方で、事業所向けのビジネスを強化する。15キロワット時の小型の急速充電器を10月から発売する。狙いは、商用に使われる軽EVだ。「電池容量が20キロワット時の日産サクラなら、30分あれば、4割弱充電できる。充電器の本体は100万円を切り、小型なので工事費も抑えられる」(同社の石村将章・EVインフラ推進室長)。
ニチコンは、イーモビリティパワーと前述の6口タイプの大型急速充電器を開発した。昨年12月に首都高速道路の大黒PA(パーキングエリア)に初号機を設置したが、今年度以降、高速道路のSAに15~20基、納入する。家庭用では、EVと家庭の間で電気を融通しあうV2H(Vehicle to Home)機器の販売が好調だ。東京都や国がV2Hの補助金を積み増したことも追い風となり、V2H機器の販売台数は今年度の当初計画4000台に対し、「2倍以上を見込んでいる」(同社の関宏理事)という。
(稲留正英・編集部)