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低薬価の日本を海外製薬企業が敬遠する「ドラッグ・ロス」問題 濱田一智

新型コロナのワクチンなど新製品の開発は米企業が目立つ Bloomberg
新型コロナのワクチンなど新製品の開発は米企業が目立つ Bloomberg

 国民皆保険を基軸とする日本の医療制度は、市場としての魅力低下、財政圧迫などマイナスな面も指摘されている。

国民皆保険の功罪

「命にいくら払えるのか」──。そう問われてはっきり答えられる人は、どれだけいるだろうか。新型コロナウイルスの流行以降、高額な治療薬の使用を巡る問題などが報じられる機会が増え、生命や健康の持つ経済的価値への注目が高まったように思う。この医療経済学(健康経済学)の基本問題ともいえるテーマについては、コロナに先立つこと数年前から、厚生労働省や経済学者、大局観をもつ医療関係者の間で真剣に議論されている。

 具体的には「どの薬、どの医療行為を保険でまかなうか」(保険給付範囲の問題)、「その薬やサービスにどれほどの価格をつけるのか」(価格の問題)といった内容だ。背景にあるのは、1錠当たり数千万円をくだらない高額薬剤の登場、高齢化社会の到来によって、国民皆保険の持続性が本格的に困難になってきたという現状がある。これらの難題はコロナ禍を経て取り返しのつかないレベルに悪化した。

保険カバーどこまで?

 日本の公的医療保険制度について整理する。大抵の日本人はけがや病気にかかると病院で治療を受け、処方箋をもらい、それを薬局に持って行って薬を手に入れる。このとき、病院で受ける医療サービスの対価も、薬局で入手する薬の対価も、全額を自腹で支払っているわけではない。

 全ての国民が公的医療保険に加入している国民皆保険のもとでは、患者自身の医療費負担は年齢に応じて1~3割に抑えられる。そして、残りの7~9割は国民一人ひとりが支払った社会保険料で充当される。誰もが、けがや病気にかかり得るリスクを全員で分散しているという意味では、その名の通り「保険」ではある。

 だが、リスクを負う確率は一様ではない。リスクをいかに評価するかも一様ではない。だからこそ、民間保険は加入するかどうかを各人の自由意思に委ねている。これに対して、日本の公的医療保険は強制加入だ。時に「世界に冠たる」などと称揚される国民皆保険だが、なぜ強制が許されるのか。

 それは、一般的にはリスクの高い人ほど加入したがり、リスクの低い人ほど加入したがらないことで、保険が成り立たなくなる現象である「逆選択」を防ぐためだと説明される。そう考えると、リスクの高い高齢者が増え続ける日本のような社会とはそもそも相性が良いとはいえない。

 そこで俎上(そじょう)にのぼったのが、とりわけ薬を巡る保険給付範囲の問題だ。薬は市販薬と医療用医薬品(医師が処方する薬)に大別される。このうち医療用は、①製薬企業による申請→②医薬品医療機器総合機構(PMDA)による審査→③厚労大臣による承認→④中央社会保険医療協議会(中医協、厚労大臣の諮問機関)による保険適用決定──という手順を経て医療現場で使えるようになる(図)。

 ②と③は基本的に、医学的・薬学的な効果があるかという観点で判断する。これに対して④は、公的医療保険でまかなうことが経済的・社会的に妥当かという観点で判断する。大半は②と③をクリアすれば、④もクリアするが、まれに④の段階ではじかれることがある。武田薬品工業が開発した抗肥満薬「オブリーン」などがこれに当たる。

 では、一度②③④をクリアした薬は未来永劫(えいごう)、保険適用されたままでよいのか。こうして疑問視されたのが、いわゆるOTC類似薬だ。OTC類似薬とは、処方箋がなくても手に入るOTC薬(Over The Counterの略で、米国ではスーパーやドラッグストアのカウンター越しに購入できることから市販薬をこう呼ぶ)と有効成分が同一の医療用医薬品を指す。

 例えば、湿布薬「サロンパス」や花粉症薬「アレグラ」は市販薬として有名だが、ほぼ中身が同じものが医療用医薬品としても存在する。

 そのため「保険が利いて市販薬より安く手に入るから」という理由で病院に行く“患者”が増え、医療現場を圧迫し、後述する公的医療保険の理念を損ないかねない。そこで、このようなOCT類似薬は保険でまかなう給付の範囲から外すべきではないか、という主張がある。この主張は財務省や経済学者から支持が多い。

 印南一路慶応義塾大学教授は、OTC類似薬だけでなく、医療行為全般にわたり保険給付範囲の見直しを提案している。例えば、180日を超す入院や、制限回数を超すリハビリテーションは、治療につながるエビデンスが乏しいので既に範囲外となっているが、これらに類するものは他にもあり、同様に範囲外とすべきだという。なお印南教授は、治療や退院を目的としない「社会的入院」の問題を指摘した高齢者医療の論客として知られる。社会的入院については猪飼周平著『病院の世紀の理論』(有斐閣)も詳しい。

 法政大学の小黒一正教授は、薬剤費の自己負担割合を、年齢別ではなく疾患の重篤度別に変えるべきだという。フランスの制度を参考に、例えば風邪薬は自己負担率を高く、抗がん剤は逆に低く設定する。そうすれば大半のOTC類似薬は自己負担率が上がり「市販薬より安く手に入る」状態は解消に向かうはずだとする。

 さらに小黒教授は、2004年度の年金改革で導入されたマクロ経済スライド(賃金や物価に応じて年金給付額を変える制度)を後期高齢者向けの医療財源に応用することも提案する。根拠として、年金の財源も後期高齢者医療の財源も、等しく現役世代の負担で運営されている事実を挙げる。

制度の見直し意見も

“保険外し”に対しては、医師会から異論も提出されている。日本医師会のシンクタンクである総合政策研究機構(日医総研)にも所属する山形大学の村上正泰教授は、重症か軽症かは簡単に決まらないうえ、OTC類似薬を保険適用外にしたところで、財政の健全化効果は薄いとの理由から反対する。

 注目すべきは、賛成派も反対派も、公的医療保険の理念である「必要かつ適切な医療は保険診療でカバーする」という価値観は共有していることだ。そのうえで「必要かつ適切な医療」の解釈で意見を違えている。

 公的医療保険を巡る問題は、生命や健康に国家がどこまで介入すべきか、といった福祉国家の根幹に関わるため、一筋縄でいく話ではないだろう。また、過去には、国家の介入を嫌う規制緩和ブームも追い風に、保険外診療を巡る「混合診療解禁論」と呼ばれる大論争が巻き起こったこともあった。この問題については、島崎謙治著『日本の医療』(東京大学出版会)、公的保険(社会保険)の理論的探究については堤修三著『社会保険の政策原理』(国際商業出版)が分かりやすい。

 医療用医薬品が医療現場に登場するまでの①~④のプロセスについて前述したが、実は④では保険適用と同時に重要な事柄を判断している。薬の公定価格(薬価)だ。

 薬の価格が公定されることと、それをつくる製薬企業が営利企業であることが、のっぴきならない緊張を生む。冒頭に示した医療経済学の基本問題「命にいくら払えるのか」という設問に直結する「費用対効果評価」の話題に絞ると、費用対効果とは文字通り、効果に対して費用がどれほどかかるかというコストパフォーマンス(コスパ)のことだ。とりわけ抗がん剤などの高額薬剤の薬価設定においては、コスパを重視すべしという、それ自体としては常識的な主張がある。これは「費用対効果評価制度」と呼ばれ、欧州で先行していたルールだ。

 薬のパフォーマンスとは、効果(effectiveness)、効用(utility)、便益(benefit)に分けて論じられることが多い。「効果」は何年にわたり生きられるかの生存年、「効用」は生活の質を生存年に加味した質調整生存年(Quality Adjusted Life Year=QALY)、「便益」は医療費や入院費をどれほど減らせるかの金銭価値だ。どれを採用するにしても一長一短は否めない。例えばQALYは一見すると妥当だが、今度は生活の質とは何かという別の難題を抱え込む。

 薬価についての議論は実は、日本国内で閉じて考えることはできない。というのも、日本の薬価が安すぎるとの理由から、海外の大手製薬が日本市場に新製品を投入しなくなり、パフォーマンスの高い薬が日本で使えなくなる「ドラッグ・ロス」という現象が起きている。

 つまり、市場として日本の魅力が低いことで、受けられる医療の選択肢が狭まっているという問題が起きているのだ。外資の製薬企業の幹部が、業績発表の場などで、薬価が低く設定される日本のルールに苦言を呈する場面は多い。

外資の製薬幹部は苦言

 もともと、00年代には、同じ薬が欧州や米国で承認されているのに日本では承認が遅れる現象があり、これが「ドラッグ・ラグ」と表現されていた。先進国の間では「国際共同治験」といって薬を同時並行で開発する慣行があったが、日本は治験制度の共通化などに手間取っていたことなどが原因だった。この障壁は10年代に入る頃には解消され、ドラッグ・ラグという言葉は死語になった。

 良い方向に進んだと思いきや、低すぎる薬価によって「もはやドラッグ・ラグどころかドラッグ・ロスだ」といった論調が目立ってきたのが最近の状況だ。ラグは審査や承認が遅れる現象なので、前述したプロセスでは②③の話、ロスは企業が薬事申請をしない現象なので①の話であり、ロスの方がより根深い問題といえるだろう。

 創薬技術の進歩にともない開発・製造コストはかさむ。それゆえ製薬企業が高い薬価を求めるのは当然だ。一方で政府や厚労省にも言い分はある。公定価格である以上、企業の求める価格を“言い値”で採用することも難しい。

 国民皆保険に支えられた日本の医療制度は、質の高さやアクセスの公正性では確かに優れている。だがグローバルに展開する製薬企業が主に収益を上げているのは米国市場だ。ファイザーやメルクといった米国企業はもちろん、スイスのノバルティスや英国のアストラゼネカも例外ではない。その米国は社会保険が脆弱(ぜいじゃく)で、患者の自己負担も高く、医療制度が肯定的に評価されることは少ない。

 日本の患者が海外の薬を安く手に入れられるのは、米国の患者が高いコストを支払っているからだという見方すらできる。医療制度は歴史や文化の所産といわれるが、それは既存の制度が永遠に続くことを意味しない。

(濱田一智・ジャーナリスト)

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