国際・政治エコノミストリポート

日本でも広がる?米国の子どもたちが直面するスポーツ機会格差 谷口輝世子

コロナウイルス禍でマスクをして試合に臨む高校サッカー部 筆者撮影
コロナウイルス禍でマスクをして試合に臨む高校サッカー部 筆者撮影

 日本では公立校の運動部の「地域移行」による機会格差が懸念されている。格差大国・米国では、学区によってスポーツに参加できない子どもも少なくない。

参加費徴収はあだにもなる

 日本で公立中学校の運動部の「地域移行」が進められようとしている。背景には、教員の長時間労働や少子化がある。これまで平日・週末を問わず、教員が指導にあたってきたが、ゆくゆくは民間のスポーツクラブや団体などの指導者が有償で教えることになりそうだ。生徒には、これまでの部費に加え、指導料など新たな負担が生じることも考えられ、「経済的に厳しい家庭の子どもたちが参加できなくなるのではないか」という懸念も広がる。

 筆者の住む米国では、個人だけでなく、地域や学区間でも、子どもたちのスポーツの機会格差が生じている。米国の実態を例に、地域移行について考えたい。

米国の公立高の運動部はトライアウトで部員選別

高校アイスホッケー部の屋外試合大会 筆者撮影
高校アイスホッケー部の屋外試合大会 筆者撮影

 まず、米国の公立学校の運動部の仕組みを解説しておこう。

 筆者の次男は今夏まで、ミシガン州デトロイト郊外の公立高校に通っており、秋はサッカー部、冬はアイスホッケー部に所属していた。米国の運動部はシーズン制であり、季節ごとに異なる運動部でプレーすることができる。ただし、誰もが運動部に所属できるわけではない。特に集団種目では、希望者に「トライアウト」という入団テストを課し、公式戦に登録できる人数だけを入部させるのが一般的だ。小・中学生時代にある程度の競技経験がないと、このトライアウトをパスするのは難しい。

 中学校にも運動部はあるが、活動期間は短く、部数も少ない。つまり、小・中学生時代に学外の民間スポーツクラブなどで指導を受け、一定の競技能力を身につけた子どもたちだけが、トライアウトを課す高校の運動部に入れると考えてもらえばよいだろう。なお、米国では、州によって義務教育年数が異なるが、少なくとも高校の途中までは、どの州でも義務教育にあたる。

 運動部活動には、施設の管理維持、審判費、試合会場送迎に使うスクールバス、指導する教員や外部指導者への手当などのコストがかかる。次男の通った公立高校の運動部の財源は、主に学区の教育予算だったが、それだけで全てを賄うことができないので、1人当たり年間350ドル(約4万7000円)の参加費を支払っていた。ただし、昼食代の減免措置を受けている低所得世帯は支払いが免除され、多子世帯に配慮して1家庭当たりの最高支払限度額も設定されていた。

 米国は超格差社会だ。米国の公教育において運営権を委任されている学区は全米に約1万4000あり、学区ごとに財政が独立している。学区には連邦政府や州からの補助もあり、学区間や学校間の格差が広がらないように調整されているが、学区の主な財源はその地域の税収であり、当然住民の経済力の差が表れる。

運動部の参加費を徴収する公立校は半数強

 全米レベルでみると実は、公立学校の運動部で参加費を徴収している学校は半数強にとどまる。およそ半数なのは、参加費徴収について意見が二分されているからだ。つまり、「義務教育上の活動に参加費の支払いを求めるべきではない」という考え方と、「財源を確保できずに活動を縮小したり廃止したりするより、(低所得世帯への支払い免除条件をつけながら)参加費を徴収する方がよい」という考え方がある。

 参加費の支払いがあることで、参加を断念する生徒がいるのは確かだ。2012年のミシガン大学の調査では、世帯年収6万ドル未満では19%が「家庭内の子どものうち少なくとも1人が参加費の支払いが理由で参加を見送った」と回答したが、6万ドル以上では5%にとどまった。低所得世帯として免除を受けている世帯は全体の6%あったが、免除世帯には該当しないけれど経済的に余裕がないというケースや、参加費を取られるなら参加を見送るというケースがあるのだろう。

 このように、運動部の参加者に受益者負担を求めると、それが理由で参加できない子どもが出てくるというのは、米国のいくつかの調査で明らかになっている。

 一方で、参加費の支払いがあることで恩恵を受ける子どももいる。ミシガン州の公立学校における、参加費徴収のスポーツ活動への影響に関する興味深い調査結果がある。これによると、白人の生徒が多く、貧困世帯の生徒が少ない都市部郊外の大規模校では、受益者負担制度を導入しても、参加する生徒の人数には影響しない。参加費徴収によって豊富に財源を確保できるため、むしろ、より多くのスポーツ活動の機会を提供できるようになるという。受益者負担制度は、比較的生活に余裕のある家庭にとっては、機会が広がるという意味でメリットであるといえるだろう。

 生活に余裕のある、参加費の支払い能力のある保護者は、子どもを財源の乏しい地域の学校に通わせることを避け、より公教育財源の豊富な地域へと引っ越しをする。結果的に、財源の乏しい地域には、引っ越しのできない、参加費の支払い能力のない家庭ばかりが残り、より一層財政が苦しくなる。地域の財源を補うはずの受益者負担制度が、結果的に格差を広げることにつながるともいえる。

 では、参加費の支払いをなくすとどうなるのか。全米で唯一、義務教育における課外活動参加費の徴収を州法で禁じているのがカリフォルニア州だ。米国の格差問題に警鐘を鳴らした政治学者、ロバート・パットナムの著書『われらの子ども』に、カリフォルニア州オレンジ郡の二つの学校が登場する。米国では公立校でも寄付を募ることが一般的で、裕福な公立高校の部活動には保護者や地域からの寄付金が多く集まってくるため、活動数や内容も充実している。一方、低所得者世帯の子どもが多い高校では寄付は集まらず、教員も活動に消極的で、提供できる部活動の数そのものが少ないという。

女子の参加率にも影響

試合中の高校女子バレーボール部 筆者撮影
試合中の高校女子バレーボール部 筆者撮影

 米国の公立学校の部活動を考える上で、もう一つ重要な視点は、女子の参加率である。

 女子スポーツの盛んな現在の米国を見ていると想像しにくいかもしれないが、1970年まで、運動部に参加する女子生徒の数はとても少なかった。女子の参加者数が増えたのは、72年のタイトルⅨ(連邦法の教育改正法第9編)という法律の成立がきっかけだ。

 タイトルⅨは、連邦政府から助成を受けている教育活動において、性別を理由に参加の機会が得られないことがあってはならないとする連邦法だ。シンプルにいえば、公的な教育機関における男女の機会均等を保障するものである。これが運動部にも適用された。

 法律が成立する前は、公立学校の運動部は男子向けが多く、女子向けは非常に少なかった。法律によって運動部活動の機会を均等にする必要が生じたことで、女子の運動部数が増え、その結果、女子の参加者数も増えたのである。

 各州の高校体育協会や連盟をとりまとめる全米高校協会連合の資料によると、タイトルⅨ施行直前の71~72年度の高校運動部参加者は、男子が約366万7000人であったのに対し、女子は約29万4000人。18~19年度は、男子が約453万人、女子が約340万人だった。女子の運動部参加がタイトルⅨによって大きく変わったのは明らかだ。表面上、女子であるからという理由で運動部に参加できないということは、ほとんどなくなっている。

 だが実は、全ての女子が同じようにタイトルⅨの恩恵を享受できているわけではない。

 今年3月、人権団体ナショナル・ウィメンズ・ロー・センターは、白人が生徒の90%を占める高校と、白人が生徒の10%以下にとどまる高校で、人種と性別によるスポーツ活動の機会を比較した。これによると、生徒の90%を白人が占める高校では、生徒100人当たりのスポーツ活動の枠数は男子が62、女子が51であるのに対し、白人が10%未満の高校では男子30、女子20にとどまった(図)。

 つまり、人種的マイノリティーが多い高校は、白人の多い高校と比べて提供しているスポーツ活動の機会が少なく、中でも女子生徒は、更にスポーツ活動の機会が少ない、ということである。

 米国では、人種によって収入に差があることがいくつもの統計で明らかになっている。マイノリティー世帯の多い高校は、財源に乏しく、十分な運動部活動が提供できない。そのことが、女子に活動の機会を十分に与えられない要因になっているともいえそうだ。

 日本の地域移行でも、参加費徴収によって活動主体の財源が安定すれば、学内で活動していたときより専門的な指導を受けられたり、機会が多様化したり、といったメリットが生じる地域も出てくる。これは喜ばしいことだ。一方で、財源が乏しく、活動を支える大人が少なかったりする地域では、子どもたちの活動機会が減る恐れがあるのではないか。日本の公立義務教育では、これまで一定程度平等に、子どもたちにスポーツの機会が与えられてきた。地域移行による格差拡大を抑えられるかが、今後の課題になるだろう。

(谷口輝世子・米国在住スポーツライター)


週刊エコノミスト2022年10月25日号掲載

子どものスポーツ 公立学校の運動部 米国高校生の部活格差 参加費徴収はあだにもなる=谷口輝世子

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