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東京五輪〝賄賂〟疑惑 組織委「無責任」体制の末路=ジャーナリスト・鈴木哲夫
実は8月8日で東京五輪が終わって1年だ。大会組織委員会は手前みそな総括を行って解散した一方、汚職疑惑が浮上している。根底には何があるのか。組織委、そして大会の無責任構造を放置したまま、2030年札幌冬季五輪など招致して本当にいいのか。
起こるべくして起きた。
それが率直な感想だ。東京五輪・パラリンピック大会組織委員会を巡る受託収賄疑惑だ。なぜそう感じるか。私自身、組織委内部の利害関係やガバナンスの問題点を体験したからだ。
東京地検特捜部が捜査を進めるのは、組織委の高橋治之元理事が代表を務めるコンサルタント会社が、大会スポンサーで紳士服大手「AOKIホールディングス」側とコンサルタント契約を結び、約4500万円を受け取っていたこと。民間企業同士の通常の契約のようにも見える。だが、AOKI側は2018年に組織委と「オフィシャルサポーター」の契約を結び、公式ライセンス商品の五輪エンブレム入りのスーツを3万着以上、販売するなどした。
AOKI側をスポンサーにする際、高橋氏が推薦などの便宜を図ったのではないか。4500万円は実質スポンサーになるための金銭だったのではないか。五輪特措法は組織委の理事を「みなし公務員」と規定する。そのため特捜部は受託収賄の疑いがあるとして強制捜査に乗り出した。
組織委の元理事が話す。
「高橋さんは電通の元専務。組織委はスポンサー募集の専任代理店に電通を指名し、電通が候補企業を募るなどまとめ役でした。
元々、電通時代にスポーツ関係団体や企業とつながりがあった高橋さんに『五輪で事業を』と思っていた民間企業が接触したのは当然のことです。その後に特定企業のために口利きしたかどうかは分かりませんが……」
背景には組織委の構成や立て付けがあると思う。
実は4年前、私は五輪で音楽に関する事業を展開したいという知人から「組織委のどの窓口へ提案すればいいか」と聞かれた。私自身、04年の16年招致段階から東京五輪を取材してきたこともあり、東京都の五輪担当者にも知り合いが多い。その一人を訪ねて「組織委の事業担当の窓口」を聞いて知人に伝えた。
数カ月後、その知人から 次のような報告を受けた。
「最初は担当部局の担当課長のような窓口の方が何人か、次に局長など順々に会って企画を説明したが、『最終的には理事会など幹部が決定する。一応聞き置きます』と。どんな形でいつ決定するのか聞いても『近いうちに』とだけ。驚いたのは、みなさん民間からの出向で業種もバラバラ。互いに気を使っているようで『私はいいと思うが、○○さんはどうかな』とか『もうすぐ(出向元に)戻るので』とか。要するに手順を踏み、物事を決定していくような組織になっておらず、責任感や熱を感じない」
今回の疑惑を想起させる出来事もあったという。
「ある担当者からは『現場は話を(幹部に)上げるだけ。理事もいろんな方が出向してきている。その中に音楽業界に強い人がいるなら、その方に頼むのも方法』とアドバイスされた」
結局、知人の事業プランはたらい回しにされ実現しなかった。組織委について旧知の元理事は、今回の疑惑浮上後、こう明かした。
「理事もみんな出向だから、それぞれ自分の本隊の会社や自治体の利益を考えて動くし、その関連先も『何とかしてほしい』と頼って来る。利権が常に複雑に入り乱れ、利権が住み分けられるように決着をさせる。ぶつかった時は理事の中での実力者、さらにその上の森喜朗元会長の判断を仰ぐことが多かった。現場で議論して上がってきたものを、冷静に費用対効果なども考えながら、各理事が責任を持って協議し、決断する組織ではなかった。欠陥を認めざるを得ない」
組織委が起こした問題を挙げたらきりがない。15年には公式エンブレムが発表されたが、盗作だと訴訟を起こされるなどしてデザインは撤回・再公募された。21年2月には森氏が女性蔑視発言で組織委の会長職を辞任。翌月には開閉会式の演出統括者が、タレントの容姿を侮辱する不適切な演出案を考えていたことが発覚し、辞意を表明した。
開幕直前には開会式に作曲担当として参加していたミュージシャンが、かつて障害者らをいじめていたことを自慢げに語っていたことが発覚。開会式前日には開閉会式の演出担当者が、かつてユダヤ人虐殺をコントのネタにしていたことが分かって解任された。開会後もスタッフ用の弁当が過剰に発注され、30万食分が廃棄されていたことが明らかに。無計画や予算への感覚欠如。ここまで不祥事が続いても、誰もまともに責任を取っていないのだ。
札幌五輪でも繰り返されるのか
そして、大会経費だ。今年6月に組織委は大会経費が総額1兆4238億円になったと最終決算を発表した。招致時に見積もった7340億円から倍増だ。組織委はコロナ禍や1年延期が要因としているが、コロナ禍前の19年時点で会計検査院は国の支出が約1兆600億円に達しているとの試算を公表していた。
その後に政府が検証して公表した支出は、約2600億円だった。この〝ギャップ〟のカラクリは「明らかに五輪予算なのに、別の都市計画予算だなどと分類をかわして、五輪予算を少なく見せていた」(立憲民主党幹部)のである。
最終決算を発表した組織委の橋本聖子会長は「コロナ禍で困難に直面したが、アスリートの活躍で世界中に感動と希望を届けられた」とはよく言ったものだ。民間企業なら、この決算の後に間違いなく経営陣は経営責任を取って総退陣だ。
その組織委も6月末で解散した。経費に関する文書は清算人が10年間保管する。だが、多額の税金が投入されたはずなのに開示の義務はない。〝経営責任〟も誰も取らずじまいだ。
今、札幌市などが30年の札幌冬季大会招致へ動き出している。東京の組織委への反省も改善もないまま、札幌も同じような仕組みの組織委でいいのだろうか。
すずき・てつお
1958年生まれ。ジャーナリスト。テレビ西日本、フジテレビ政治部、日本BS放送報道局長などを経てフリー。豊富な政治家人脈で永田町の舞台裏を描く。テレビ・ラジオのコメンテーターとしても活躍。近著『戦争を知っている最後の政治家 中曽根康弘の言葉』『石破茂の「頭の中」』