週刊エコノミスト Online サンデー毎日
“戦前の本誌”も指摘! 夏休みの「自由研究」は必要なのか!=ライター・堀和世
夏休み本番を満喫中の子どもたちを横目に「そろそろ……」と焦り始めている保護者も多そうだ。宿題の山に一つも手をつけずにお盆明け―毎年繰り返される親と子の修羅場である。特に最後まで残しがちなのが「自由研究」だが、その宿題、本当に必要ですか?
〈学校によると、生徒に宿題を与えます(中略)。保護者達は忙しさに追われ子供の世話をしません。子供の方では、それをよいことにして、うっちゃらかしにしておき、いよいよ学校へ行く時、大車輪で記入をする有様です。これではかえって生徒に過労を与える結果になりましょう。そこで親達は十分これらの点を監督し、毎日少しずつ読書や算術をやらせて下さい〉
ある学校長が記した「夏休み中の子供をこうして世話する」という文章の一節だ。耳が痛いという保護者も多いだろう。が、実は戦前の本誌『サンデー毎日』1930(昭和5)年7月20日号に掲載された記事なのである(引用は現代仮名遣い、新字体で表記)。
少なくとも90年前から、夏休みの宿題は親にとって悩みの種だったわけだ。
「毎年苦労するのが、自由研究のテーマ探しです。自主性尊重といえば響きは良いですが、子ども任せにして後で苦しむのは私ですから。お金もかけたくないので、薬局に『石けん作り体験』のチラシが張ってあったのを見つけ、ネタとして拾った年もあります」
現代の母親はそう語る。メーリングリスト「らくらく連絡網」を運営するイオレ(本社・東京都)が昨年8月に発表した、小学生がいる世帯対象の「夏休みの宿題」に関するアンケートによると「親が手伝うことになる宿題」として挙げられたのは自由研究が約49%(複数回答)で堂々の1位。「最後まで残りがちな宿題」でも、自由研究(約39%)は読書感想文(約48%)に次いで2位だった。
そんなストレスを抱える親たちが拍手喝采しそうな意見が先ごろ、ネット上に発表されて話題となった。
〈日本の学校では昔から妙な宿題があります。自由研究、日記、読書感想文の3点セットです〉
率直な発言の主は、米国在住の作家でプリンストン日本語学校(米ニュージャージー州)の高等部主任を務める冷泉(れいぜい)彰彦氏だ。6月下旬発行のメルマガで「教育現場の悪習」として夏休みの宿題を挙げた。〈最悪なのは自由研究です。全く意味不明ですし、そもそも教員には指導能力も評価能力もない中で、惰性でやっているわけです。即刻廃止でいいと思います〉
自由研究のどこが〝最悪〟なのか。冷泉氏が言う。
「3点あります。まず教育のあり方が変化し、深い学び、対話的な学びが重視されるようになる中で、フォーマットが全く変わっていないことです。新しい取り組みができる可能性もあるのに、旧態依然と子どもに丸投げしています。二つ目として日本は外国と違い、夏休みが学年途中にあります。大事なのは1学期の学習を定着させることで、宿題の優先順位のつけ方が間違っています。そして三つ目ですが、特に都市部ではもはや公教育が塾なしでは成り立たないのが現実。子どもは塾の夏期講習で忙しいから自由研究はお金を払って外注する、ということになってしまいます」
「つまらない宿題はやめよう」
2018年、フリマアプリの「メルカリ」が自由研究や読書感想文などの出品を禁止。宿題代行行為の根絶を文部科学省と合意して注目された。宿題が逆にモラルハザードを生む原因になっているのではないか。
「自由研究のテーマ選びややり方を教えてもらったことは一度もありません。先生は『何でもいいから』と言うだけです。普段、教室で私たちが意見を聞かれ、何でもいいと言うと、『何でもいいじゃダメ』と叱られるのに……」(ある児童)
前出のアンケートでは、「不要だと思う宿題」の3位と4位にそれぞれ読書感想文と自由研究が入った。半面、「必要だと思う宿題」でも自由研究は3位。複雑な親の心情がうかがえる。
実際に自由研究をなくした小学校校長がいる。名古屋柳城短大附属豊田幼稚園(愛知県豊田市)の園長、澤田二三夫氏は18年、同市立市木(いちぎ)小学校の校長時代に夏休みの宿題を全廃した。
「8~9割の親が賛成でした。残りは不満というより他校ではやっているのに、わが子がダメになるのではという不安ですね。私は無理やりやらせても子どもが勉強を嫌いになるだけだと説明しました。もともと子どもは学ぶことが大好きなのに、嫌なことでも乗り越えないと生きていけないといって脅されている。宿題がダメなのではなく、つまらない宿題はやめよう、ということです」(澤田氏)
自由研究そのものを澤田氏は否定しない。例えば日常的に総合的な学習の時間などを使ってテーマを見つけて調べ、その成果を夏休みにまとめるのは大事な体験であり、〝生きる力〟を育むという。ただ全員に課す必要はない。「やりたい子がやればいい」というシンプルなメッセージだ。
一方、調べることは好きでもテーマが見つからず、結果的に苦手意識を持ってしまう子どもは多い。澤田氏はこうアドバイスする。
「なぜ自由研究が苦手かというと、疑問がひらめいた時にやらないからですね。『毎日はてな帳』という取り組みをしたことがあります。『はてな?』と思うことを毎日探すのです。正解を見つける必要はない、だから面白い。友達に聞いて分かればいいし、本に書いてあれば解決する。それでも答えが見つからないものが、自分だけの一番面白いテーマです。宿題のために自由研究をするのがナンセンスなのは、テーマをそこから探し始めるからです」
冒頭の本誌記事は「子女の夏休みをどう活用するか?」として、父母らの体験談を載せている。ある父親は昆虫採集に熱心なわが子を例に挙げ、「子等は皆思い思いに 趣味的な自由研究に」と提案する。いわく〈朝の涼しい間におさらえをすませて置かせ、それからは趣味の採集と、整理に自由の時間を与えておけば、子供ながらもなかなか沢山の採集が出来て、科学的な観察眼が生じてくる〉。
温故知新と言うべきか。
ほり・かずよ
1964年、鳥取県生まれ。編集者、ライター。1989年、毎日新聞社入社。ほぼ一貫して『サンデー毎日』の取材、編集に携わる。同誌編集次長を経て2020年に退職してフリー。著書に『オンライン授業で大学が変わる』(大空出版)、『小ぐま物語』(Kindle版)など