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独自!国交省職員が入省1カ月で自殺 「真実を知りたい」遺族と国交省の〝不誠実な対応〟=ジャーナリスト・鈴木哲夫+サンデー毎日編集部
社会に巣立ったはずの息子が、1カ月で変わり果てた姿になってしまったら…。親であれば真実を知りたくなるのは当然だろう。しかも、その勤め先はパワハラなどを率先して根絶すべき国の機関だった。だが、遺族への対応は…。
〝パワハラ〟めぐって遺族と国交省の確執
「転職したいんだ」
2年前のことだ。2020年春に就職したばかりの息子は、その年の大型連休の4月29日に帰省した際、父親にそう言った。
驚いて理由を聞いた。すると息子は、その性格から親には心配かけまいと、やんわりと笑顔交じりに話し始めた。だが、内容は切羽詰まったものだった。「パワハラまがいのことを受けている。50歳ぐらいの上司から執拗(しつよう)に嫌みを言われ、陰口もたたかれる。(官舎の)部屋の中の家具の配置も知られていて、そのことを、みんなで話している。カギはかけていないけど、勝手に誰かが入ってるんじゃないかと思う」
そして、一つ一つを確かめる父親に息子は、最後にこう言った。「まあ仕事を続けながら転職活動するよ。それに10月になれば、異動願も出せるから出そうと思ってる」
父親は「そうか」と聞き置き、できる限り深刻な空気にならないようにとりあえず一旦話を終わらせた。
5月5日に息子は勤務地に戻った。心配だった父親は7、8、9日と毎日LINEや電話でやり取りした。だが、10日に一切返信がなくなった。忙しいのか、事情があるのか。とにかく一晩待ったが来なかった。
翌11日、職場から父親に連絡が来た。仕事場に来ていないし、連絡が取れないということだった。その時、職場は同時に警察へ捜索願も出していた。そして、この日の夕方、息子は職場近郊のダムで遺体で発見された。警察は状況などから自殺と断定した。 父親の絶望感と自責の念は、とても言い尽くせないほどのものだった。息子はパワハラを告白していた。それが死へと向かわせたのではないか。この日から父親の戦いは始まった。父親は独自に証拠を捜し、職場に真相究明を求めた。
だが、職場の対応はとても誠意のあるものとは思えなかったという。そうやって2年もたった。今回、この父親がこれまでの経緯を詳細に証言してくれた。
実は、この悲劇の舞台は民間企業ではない。国土交通省の中国地方整備局山陰西部国道事務所(山口県萩市)だ。率先してパワハラなどを排除し、労働環境の手本を作っていかなければならない行政機関での出来事だ。看過はできない。
自殺したのは関西の私立大を卒業し、同事務所の総務課用地係に配属されたばかりの22歳の青年。父親は広島県福山市に住むAさん。
遺体発見の報を受けた父親は、母親と共に山口県の所轄警察署に向かった。身元を確認。息子に間違いなかった。「司法解剖があるから」と亡骸(なきがら)を引き取ることはできなかった。
警察署には勤務先の事務所長、副所長、総務課長が来ていた。父親は、つい10日ほど前に聞いたパワハラの件を明かし、尋ねると所長らは「パワハラは確認できません」と答えた。
父親は続けた。
「息子がでたらめを言うはずがない。何もないじゃ納得できない。息子は帰ってこない。パワハラをしたやつを追い詰めようとはしない。なぜそんなことをしたのか、何が原因なのか、真実を知りたい」
所長は「ちゃんと調査します」とその場で約束した。
5月13日、再び警察署を訪ね、夕方に遺体を引き取った。葬儀社で通夜、翌々日に本葬を行い、息子はようやく荼毘(だび)に付された。
遺書を見ないのは「父親のせい」
父親は、息子が簡単に自殺するはずはないと今も信じている。じっと待つことなどできるはずはなかった。通夜翌日から遺品に何かが残っていないか、一つ一つ確認を始めた。すると、決定的なものが見つかった。息子のスマホの中に遺書のような長文が残されていたのだ。それはメモ帳機能の中に書かれていた。
《皆さん大変お世話になりました。テキトーな就活をして中国地整に入ったツケだと思っています。辞めてもコロナで転職などできないんじゃないのか(中略)色々自分で考えた結果今回このような決断をさせてもらいました》
《うちの家族へ…大変お金のかかる息子で色々と苦労を掛けました。僕はもう此(こ)の世にはいませんが皆には大変感謝しております》
《友達へ…皆新生活で忙しい中自分の相談に乗っていただき、非常に励まされました》 ところが、職場に対してだけは、実に強烈な言葉が記されていた。
《職場へ…心当たりのあるゴミ、お前らがまともに生きていけると思うなよ。糞の掃き溜(だ)め。陰湿なゴミの寄せ集め》
文章の最後には……。
《葬儀はお金をかける必要はありません。できれば尾道の海にでも散骨してください。死んでからぐらいは故郷でゆっくり過ごしたいです。22年の短い人生でしたが色々なことを経験させて頂き、楽しく充実した一生でした。ありがとうございました。それでは先に逝ってバイクでも乗り回すことにします。皆さんはすぐには来ないでください。すぐ来ても追い返すし、入店拒否します。それではさようなら》(原文のまま)
父親は遺書の存在をすぐに事務所に連絡した。事務所側は「調査しているが、遺書も見せてほしい。週末にうかがう」と返答してきた。ところが、一切連絡のないまま1カ月以上、遺書の確認に来なかった。
他にも、父親は自らの仕事の時間以外全てを費やし、何があったのかを調べ続けた。すると、学生時代からの友人や職場周辺で知り合った知人に、息子がパワハラの実態や転職を相談していたことが、彼らの証言から分かってきたのだ。
「大型連休前に一緒に飲んでいる時に『僕むちゃくちゃパワハラされているんです』というので『録音しておくように』とアドバイスしたら『僕もそうしようと思っているんです』と。定時で帰ると、職場の人からは『いい身分やなあとか、(いても)どうせ仕事が分からないから仕事にならないだろ、と嫌みを言われていた』と」(知人)
「同じ官舎に住む人から許可を取っているのに『バイクを駐車枠に不法駐車している。うるさい、やかましいと言われる』と。その人は別の部署の人だと言っていました」(別の知人)
「4月半ばぐらいから『自分がいない間に誰かが勝手に出入りしているみたい。職場で、どこに何が置いてあるとかいう話をしているのが聞こえる。部屋のポスター、コンポ、ゲーム機の位置まで話してる』と言っていました」(友人)
彼らはこれらを陳述書にし、きちんと証言してくれた。今、父親の手元にある。
こうした証拠も集めながら、四十九日の法要が近づいてきた。事務所からは一向に動きがない。父親の怒りは頂点に達した。法要の前日に事務所長にショートメールを入れた。
〈どうなってるんだ。人が亡くなっているんだぞ。いじめを行った奴らを殺してやりたい〉
すると、事務所側は遺書の確認をやめたという。後に理由を、父親側の弁護士宛てにこう回答してきた。
「事務手続きのため6月28日(法要の1週後)に自宅にうかがった際に遺書も確認する予定だった。しかし(父親から)所長宛ての強い内容のメールが来たことから萩警察署に行くことになり、その結果、自宅訪問自体を取りやめたため、遺書を見ることも断念した」
要は、父親が脅迫してきたため自宅訪問を取りやめた。遺書を確認しないことになったのは、父親側のせいだという理屈なのだ。
スマホ内だから「遺書ではない」?
父親は言う。
「確かに自分が激しいメールを送ったと反省していますが、すぐに遺書のことを報告して『調べてほしい』と言っているのに、1カ月以上も見ようともしませんでした。確認する予定だった人物も調査をしている部署ではなく、総務課長と係長の2人というおかしなものでした。しかも、いろいろと相談していた国土交通労組の方が事務所の幹部に聞いたところ、『遺族と会う必要はない』と言っていたことも後に分かりました。私のメールを理由にしていますが、最初から遺書など見る気もなかったのではないでしょうか」
自殺から約2カ月後の7月16日、中国整備局から父親に調査報告が届いた。
内容は息子の勤務状況などを記した上で、職場の上司や他の職員からの聞き取り調査をした結果、パワハラを含むいじめなどの事実はなかったというものだった。報告書はわずか4ページだった。父親は到底納得などできなかった。
「遺書を確認することも遺族への聞き取りもせず、調査資料の添付なども一切なく『調査しましたが、何もありませんでした』という報告書では受け入れることはできません。整備局に問い直したら、聞き取り調査は所要時間なども不明でした。1回目の調査は職員ら25人に17項目の質問、2回目は19人に22項目の質問をしたそうです。それだけでどこまで深く調べられたのか。その後に分かった質問内容は『日ごろ変わった様子はなかったか』『いじめの言葉を聞いたか』とか単純で、答えた方も『知らない』などと答えているだけのもの。遺書のこともなければ、私が証言を取った友人たちへの相談なども軽く扱われていました」(父親)
父親は調査内容の情報開示なども中国整備局に何度も求めた。だが、調査に関係しそうなものは開示は認められなかった。その後、再三の申し入れを受け、国交省は弁護士ら第三者による「調査委員会」を設置することを決めた。中国整備局の独自調査から4カ月後の20年11月だった。
国交省の調査は翌21年3月、委員会から結論が出た。それは再び「パワハラを含むいじめ、嫌がらせがあったとは認められない」というものだった。さらに、父親が驚いたのは遺書についての解釈だった。
父親が発見したスマホ内の遺書について、委員会はこう結論付けた。
「内容は遺書として書かれたもののようにも思われるが作成時期が不詳。またスマホ内のメモ帳機能の中に見つけたということで、元職員が本当に遺書として書いたのであれば、死後すぐ見つけてもらえるようにしておくのが通常。メモ帳機能の中なら誰にも見つけられずにスマホが破棄される可能性もある。遺書として見てもらいたかったのなら、手書きやプリントアウトするなり、メールするなり他の方法を取るのが通常。さらに、職場への『陰湿なゴミの寄せ集め』といった記載だけではパワハラの具体的な内容とは言えない」
追い込まれて自殺する人間が、冷静にメモ帳からプリントアウトできるか。自ら命を絶つ時に、職場へここまでの憎悪の表現をするか。実際に息子は多くの友人らに、何より父親自身にパワハラを打ち明けているではないか。その証言内容と自殺の因果関係はないと、なぜ断定できるのか。
開示されない「聴き取り」の詳細
今年の5月の三回忌。父親にとって、あの日から時間は止まっている。
「自殺したその時から、とにかく中国整備局の対応はずっと酷(ひど)い。私が最初に先方にも伝えたのは『いじめた上司を追い詰めるつもりはない。ただ真実を知りたい』と。それでも誠意はない。結局、何もなかったことにしたかっただけなんでしょう。予想通りです。整備局の調査は何もなかったと。国交省までもが遺書すら認めないと」(父親)
実は、この問題は国会でも一度取り上げられた。調査委員会の報告が出た後の昨年5月、共産党の高橋千鶴子議員が衆院国土交通委員会でスマホに残された言葉を紹介し、「これで何もなかったと言われても遺族は納得できない。聴取記録を開示するなどすべき」と追及した。赤羽一嘉国交相(当時)は「入省1カ月で命を落とすことは痛ましく、軽く見ることはできない。遺族が納得できることを知りたいというのは当然。誠意を持って対応したい」と答弁した。しかし、その後、国交省も中国整備局も調査記録の積極的な公開などはしていない。
父親は今年1月、中国整備局が所持する「パワーハラスメントを含むいじめ、嫌がらせ等の有無に関する調査結果」に関する一切の文書等の開示を求めて東京地裁に提訴した。国の責任追及ではない。ただただ、息子が自ら閉じた短い生涯に何があったか真実を知りたい。これまで当局から出された黒塗り資料を公開してほしい――その一点だ。
本誌は一連の遺族にとっては極めて不誠実なこれまでのやり取りや、遺族に調査内容のより詳しい公開をする可能性などについて、中国整備局へ質問状を送った。回答は総務部人事課の担当者から電話で「係争中であることから、お答えは差し控えさせていただきます」というものだった。
「この2年間、非力の私ですが、頑張ってきましたが、悔しい思いばかりです。弁護士の先生と相談して提訴しましたが、つらい日々は続きます」(父親)
父親の元には「事情を聴きたい」と言ってくる国会議員や政党の政務調査会なども出てきている。今後、国会で取り上げられる可能性も出てきた。国交省には情報公開や再調査が迫られ、真摯(しんし)に対応する責任を負うことは言うまでもない。
すずき・てつお
1958年生まれ。ジャーナリスト。テレビ西日本、フジテレビ政治部、日本BS放送報道局長などを経てフリー。豊富な政治家人脈で永田町の舞台裏を描く。テレビ・ラジオのコメンテーターとしても活躍。近著『戦争を知っている最後の政治家 中曽根康弘の言葉』『石破茂の「頭の中」』