週刊エコノミスト Online サンデー毎日
BTS 活動休止の真実!=ライター・翻訳家 桑畑優香
絶頂期を迎えた今、「涙の会食」動画を突然配信したBTS。「自分が成熟するために考える時間が必要」などと思いを吐露しつつ、泣く彼らの姿が配信されると「活動休止」「ソロの仕事に集中する」と報道され、大混乱となった。今回の発言の真意はどこにあったのか。『BTSを哲学する』(かんき出版)などの訳書がある桑畑優香さんに聞く。
今回騒がれたBTSの公式YouTubeチャンネルの動画「防弾(バンタン)会食」で一つ、明確にしておかなければならないのは、BTSは一度も「活動休止」という言葉を使っていないことです。「アイドルを作り稼がせて、急いで利益を回収するK―POPのシステムに問題がある」とも言われましたが、私の知る限りBTSと事務所Big Hitのあいだに不和はありません。それは2018年に全員揃(そろ)って事務所との再契約を果たしたことからも明らかです。他の韓国のグループは事務所を移籍したり、また契約を巡って時に訴訟問題にまで発展したこともありました。あの映像は生放送ではなく、事務所側もBTSが何を語ったかは事前に把握していた。動画にテロップがついていましたから。この反響も、ある程度は予想の範囲内だったことでしょう。
では、どうしてこのような動画を配信したのか。それを知るには、BTSの歩みを理解する必要があります。BTSのデビューは13年。Big Hitは当時、とても小さな事務所でした。韓国では有名な大手の芸能事務所が三つあり、そこに所属していないBTSは、プロモーション活動などにおいて不利な状況でした。
そんなBTSに光を当てたのが熱烈なファンのARMYたちです。資本のない事務所はいち早くTwitterやYouTubeなどのSNSを活用し、それを見た米国をはじめとする世界中の人々が草の根的にBTSの魅力を見いだしていったのです。
世界最高峰のボーイズグループとも称されるその華やかでスタイリッシュなダンスパフォーマンス、アジア人ながらヒップホップという難しい音楽ジャンルに挑戦し、ボーカルもラップも本当に上手(うま)い。加えて、彼らは作詞や作曲、編曲も手掛けます。その歌詞にはまだ何の力も持たない7人の若者たちがどのように社会の抑圧や偏見、自身のアイデンティティーと向き合うかが率直に綴(つづ)られています。
「10代20代を代表して、気ままに僕らの話をしよう」「ダブルスタンダードと数多くの反対 なかから打ち砕いた」「道は長いのになぜか僕は足踏みばかり もどかしくて叫んでも虚空にこだまするばかり」「アイドルからワンランク上へ 夢をつかむんだ」。そこにはリアルな彼ら自身が投影され、工場で作られたような印象の韓国の「ファクトリー・アイドル」とは一線を画した存在として、そこに息づいていました。
そうやって熱狂的なファンを獲得していったBTSが、より広く世界の人々に知られる契機となったのが「Dynamite」(20年)です。これはBTSにとって、初の全編英語曲でした。その理由を彼らは「世界中が厳しい時間を過ごしているパンデミックの中で、みんなに元気になってもらいたい。英語で歌えばより多くの人に伝わる」と語った。続くやはり英語曲の「Butter」は米国ビルボード・ホット100で7週連続1位を記録。BTSは名実ともにスーパースターとなり、時に保守的と批判されるグラミー賞にもノミネートされるほどのアーティストへと見事に羽ばたいたのです。
しかしその一方で、BTSの路線変更に戸惑うファンも多かった。それまでは韓国語で歌うことにこだわり続けてきたのに、なぜ英語曲ばかりになったのか。自分たちの思いを歌詞に書くよりも、全世界の人たちの気持ちを代弁するレトロポップソングへと変遷した彼らに、「どこにいってしまうんだろう」と長年のファンは感じていました。
ファンに直接思いを伝えたかった
その迷いは恐らく、彼ら自身にもあったことでしょう。国連でスピーチをしたり、バイデン大統領と歓談したりと、それまで等身大の若者代表だった彼らが、突然セレブ扱いされて、国を代表する広報大使のように扱われる。周囲の期待に応えなければと頑張ったけれど、BTSが自分たちが想像していた以上の大きな存在となり、その流れにどう対処していいかわからなくなってしまった。「PERSONA」(19年)の歌詞には「望んでたスーパーヒーロー 本当になれた気がする だけど理想に近づくほど増える干渉の言葉 ある人は『走れ』ある人は『止まれ』」とも悩みを綴っています。それで一度、区切りをつけようというのが今回の決断の真相だったと思います。
最年長のJINは現在29歳で、年内には入隊を予定していることも当然、理由の一つです。でもこれは、BTSにとっては好機といえます。BTSは今までソロ活動をほとんどやってこなかった。東方神起が俳優としてドラマに出演したり、BIGBANGがグループ活動と並行して盛んにソロ活動を行うのとは対照的です。コロナ禍という厳しい状況下で、BTSはよりワールドワイドなアーティストへと成長を遂げました。だから現在の変化を上手に生かして、さらに新しいBTSへとギアチェンジしようとの意図が、今回の発表にはあると思います。
普通なら「ソロ活動を始めます」と事務所からマスコミ各社にFAXを送るとか、文面だけSNSで発表すればすむことですが、ARMYを大事にしてきたBTSだからこそ、映像でファンに自分たちの気持ちを飾らず、率直に、直接伝えたかった。とても彼ららしいなと感じました。
私がBTSに取材した際の印象は、記者に迎合せず、正直に自分たちの気持ちを語るアーティストというものでした。その時に「目標は変化し続ける姿が見えるチーム」「止まったら終わり。少しずつ変化していかないと」とも語っていた。BTSは、今なおその途上にある。第2章の幕が開くのは、これからです。(談)
くわはた・ゆか
早稲田大第一文学部卒業。延世大語学堂・ソウル大政治学科で学ぶ。『mi-mollet』『Rolling Stone Japan』などに寄稿・翻訳。訳書に『韓国映画100選』(クオン)、『BTSを読む なぜ世界を夢中にさせるのか』(柏書房)、『BTSを哲学する』(かんき出版)などがある