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乗ってわかった!東南アジアには中距離LCCで行くべき理由 吉川忠行
大手航空会社が中距離LCCビジネスに相次ぎ参入。特に東南アジアや米西海岸行きの路線では追い風を受けそうだ。
座席間隔広めで「選ばれる」対象に
政府が新型コロナウイルス感染症の水際対策を緩和したことで、訪日客が増加し始めている。日本航空(JAL)では、海外から日本へ向かう国際線の2022年11~12月分の予約が緩和表明前の9月中旬と比べて3倍に増加した。全日本空輸(ANA)も、海外発の22年12月~23年1月分の予約が5倍に増えており、海外の航空会社は機材の大型化や増便を始めている。
訪日客にとっては足元の円安は魅力的だが、日本人には米国などの物価上昇と合わせて海外旅行を考える上でハードルになる。さらに国際線は燃油サーチャージも頭の痛い問題だ。ANAもJALも10~11月発券分の欧米路線は往復で10万円超えとコロナ前の19年の同月比で約5倍に跳ね上がった。
燃油代不要のメリット
サーチャージは大手のANAやJALなどFSC(フルサービス航空会社)では必要だが、LCC(低コスト航空会社)では不要な社が多い。これまでLCCは片道4時間前後の台湾や香港などの短距離路線が中心だったが、10年ほど前から参入が本格化した中長距離LCCが徐々に増え、JALが100%出資するZIPAIR(ジップエア)が20年に就航、ANAホールディングス(HD)傘下のピーチ・アビエーションは今年12月から新事業として中距離LCCに参入し、23年度下期には、同じくANAHD傘下で現在はアジア・リゾート路線を担うエアージャパンを衣替えし、FSCとLCCの長所を併せ持つ第3ブランドとして就航させる計画だ。
筆者は9月にバンコク取材に向かう際、ジップエアを利用した。サーチャージは東南アジア方面で片道3万円ほどと原油価格高騰前の1年前から約3倍に上昇。しかも運賃とは別にかかる。JALの羽田─バンコク線であれば往復運賃8万2000円に加え、サーチャージ・税などが5万7230円で計13万9230円、片道約7万円だ。これがジップエアの成田─バンコク線だと片道運賃3万1000円と空港使用料・税金3864円で計3万4864円と、JALの半額になる。
片道3万円という運賃は、国内線の割引運賃と比べるとどうか。同時期の羽田発那覇行きが3万2410円、札幌行きが3万3640円と、ジップエアのバンコク行きと大差ない。つまり、羽田から沖縄などに出かけるのと同等の片道運賃でバンコクまで行ける。大手の半額なら、マイルがたまらないなど大手との違いを除くと、純粋な移動手段として中距離LCCは有力な選択肢だ。
LCCと聞くと、一番の懸念材料はシートピッチ(前後の座席間隔)の狭さだろう。片道4時間程度の路線がターゲットである従来のLCC小型機は28インチ(約71センチ)前後、大手の国内線を飛ぶ大型機は31インチ(約79センチ)、同じ機材の国際線仕様は34インチ(約86センチ)と、飛行距離や機体の大きさでピッチが変わる。
ジップエアは、JALが12年に就航させた中型機ボーイング787を使用。7年ほど運航し、客室などを刷新するタイミングでジップエアにリースされた機体で、今後は新造機も導入する。移籍前はJALの国際線を飛んでおり、エコノミークラスのピッチは34インチだった。これを国内線仕様の787と同じ31インチに変更したほか、JAL仕様では1列8席だったのを9席に増やし、4カ所あったギャレー(調理室)を3カ所に減らすなど、機内のレイアウト見直しで座席数をJAL仕様の約1.5倍となる2クラス290席に増やした。国内線とジップエア仕様のシートは同じものがベースで、国内線機に付く個人用画面がないなどの違いはあるが、同じメーカーから一括調達してコストを下げている。
つまり、運賃と快適性は羽田─沖縄線並みだ。実際に乗った印象として、片道6時間程度のバンコクであれば、運賃が半額になるメリットの方が大きいと感じた。大手では有料の機内のインターネット接続が、ジップエアでは国内線のように無料で利用できるのもメリットだ。
大手の機材を改修
一方で、筆者が9月に乗った時の搭乗率は約5割。窓側に座った私の隣は2席とも空いていた。3席を独占できたので6時間のフライトは苦にならなかったが、満席になるとさすがに厳しいだろう。ジップエアの787はビジネスクラスに当たる上級クラスがフルフラットシートを採用しており、9月時点の成田発バンコク行きは片道約10万円。個人用画面は装備していないが、ネット接続無料も同様。電源コンセントや充電用USB端子は両クラスとも備えており不自由はない。
ジップエアは現在、成田からバンコクとソウル、ホノルル、シンガポール、ロサンゼルスへ就航しており、12月に米西海岸のサンノゼへ就航する。
サンノゼは半導体やコンピューター関連の産業が集積する「シリコンバレー」の中心都市としても知られ、日本人街が残っていることから、日本やアジアにルーツを持つ人が多い。西田真吾社長は「中規模空港で入国までの時間が短い」として、米国内線への乗り継ぎ需要も見込む。
また、ピーチが12月に開設する関西─バンコク線の機材はエアバスA321LRで、同社の小型機エアバスA320neoの胴体を伸ばして座席数を増やし、航続距離も延長したものだ。こちらもシートピッチは30~32インチと、大手の国内線機材やジップの787と同等だ。
ANAHDはピーチの中距離路線に加えて、ANAのアジア・リゾート路線を運航しているエアージャパンを「AirJapan」に刷新し、中距離LCCも担う会社に改める。就航が23年度下期のため詳細を明かしていないが、海外では「ハイブリッドキャリア」などとも呼ばれる、「運賃はLCC並み、サービスは機内食などを好みで選べるようにするもの」という大枠だ。機材はANAが運航している787を改修し、座席数は300席程度を計画している。
JALもANAも、コロナ前から計画してきた中距離以上のLCCビジネスが本格化する。中距離LCCの特徴は、シートピッチなどが国内線仕様の客室で国際線を飛ぶイメージだ。コロナ後も当面は続くとみられるサーチャージ高騰を受け、片道6時間の東南アジアや9時間の西海岸はLCCでいい、という人が増えるのではないだろうか。
(吉川忠行・『Aviation Wire』編集長)
週刊エコノミスト2022年11月8日号掲載
座席間隔広めの中距離LCC続々 燃油代高騰で「選ばれる」対象に=吉川忠行