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EVで巡る再エネ最前線①「地熱の開拓者」岩手県八幡平市、松尾八幡平地熱発電所で1万5000世帯分の電力を供給

松尾八幡平地熱発電所の冷却塔。アウディの最新EVで各所を訪問した
松尾八幡平地熱発電所の冷却塔。アウディの最新EVで各所を訪問した

 独自動車メーカー、アウディの日本法人、アウディ・ジャパンは10月18日、第2回目の「アウディ・サステナブル・フューチャー・ツアー」を岩手県八幡平市で開催した。これは、日本における電気自動車(EV)と再生可能エネルギー(再エネ)の普及、さらに、持続可能な社会の構築について、議論を深めるのを目的としたイベントだ。再エネの導入や環境に配慮した産業・農業・サービス業を手掛ける自治体、企業を、同社のマティアス・シェーパース・ブランドディレクターとビジネスメディアが訪ね、その取り組みや課題について読者に伝えていく。今回のツアーは、4月の岡山県真庭市で行われた第1回に続くものだ。

1966年年に日本で初めて地熱発電を開始

 八幡平市がツアーの対象に選ばれたのは、1966年に日本で初めて地熱発電の商業運転を開始し、その地熱を活かしたまちづくりを実践しているためだ。同市は、2005年(平成17年)9月1日 、岩手郡の西根町、松尾村、安代町の2町1村が合併し、誕生した。面積は862㌔平方㍍で、東京都の4割の広さがある。それに対し、人口は2万4114人で非常に人口密度が低い。主要産業は観光と農業で、「農(みのり=農業)と輝(ひかり=観光)の大地」が同市の目指す将来像となっている。

ツアーのレセプションで説明するアウディ・ジャパンのマティアス・シェーパース・ブランドディレクター
ツアーのレセプションで説明するアウディ・ジャパンのマティアス・シェーパース・ブランドディレクター

 ツアーは、午前11時に各ビジネスメディアの記者がJR盛岡駅前の駐車場に集合してスタート。アウディの最新EVに乗り込み、目的地である八幡平市に向かった。最初に到着したのが、地元の地熱食材を使った食事を提供するレストラン「ノーザングランデ八幡平」だ。八幡平リゾートパノラマスキー場のすぐ近くにあり、周囲にはペンションや温泉宿が点在する。今回のツアーのレセプションと昼食を兼ねており、アウディ・ジャパンのシェーパース氏からツアーの趣旨が説明された。

欧州は「EVで脱炭素」で既に結論

 アウディは、欧米の自動車メーカーの中でもEV化に最も積極的なVWグループの中核企業で、グループの技術面でのけん引役として知られている。EV化でもグループ内の先導役だ。シェーパース氏は、「欧州では5年、10年前、自動車のEV化が正しいのかどうか、議論があったが、既に、『EVで行く』と結論が出た。もちろん、EV化に付随する様々な課題はあるが、それを、企業や行政が一体となってクリアしていく方向が定まった」と説明する。

 一方で、日本では、いまだに、将来のモビリティの主役がEVなのか、ハイブリッドなのか、あるいは、燃料電池車や水素エンジンなのか、議論が定まっていない。その大きな理由として、国内メーカーや有識者が常に強調するのは、「再エネが普及していない日本でEVを走らせても、温室効果ガスの削減効果は薄い」という点だ。

再エネ資源が豊富だが、開発が進まない日本のギモン

 確かに、日本の発電量に占める再エネの割合は、2020年で約2割に過ぎない。しかし、環境省によると、日本は、2020年の国内の年間発電量(1兆13億㌔㍗)に対し、7倍強(7兆5225億㌔㍗)の再エネ資源量がある。地熱に関して言えば、米国、インドネシアに次ぎ、世界3位の資源量を持つ。一方で、実際の発電量は、資源量が日本の4割しかないケニアより小さい。

 シェーパース氏は、「日本のように、温泉が多い国で、なぜ、地熱発電が普及していないのか、素朴な疑問がある。今回のツアーで市の責任者や地元の方々と会い、議論を通じて、その理由を探り、ビジネスメディアを通じて読者に伝えることができれば」と抱負を語った。

 レセプション後に向かったのが、松尾八幡平地熱発電所だ。ノーザングランデ八幡平から、岩手県から秋田県にかけ八幡平を横断する観光道路「八幡平アスピーテライン」を通り、山の中腹に向かう。車のフロントガラス越しに見事な紅葉が望める。途中、冬季用のスノーシェッド(洞門)をいくつも通り、旧松尾鉱山の横を通り過ぎると、蒸気をもくもくと噴き上げる発電所に到着した。

2019年から運転開始の「松尾八幡平地熱発電所」

 松尾八幡平地熱発電所は、2019年1月に運転を開始した八幡平市の2番目の地熱発電所だ。1番目は、1966年に国内で初めて商業運転を始めた同市の松川地熱発電所である。

 松尾発電所は、地下深くから高熱の蒸気を取り出す「生産基地」とその蒸気を基に発電する「発電基地」の2カ所からなる。

案内役の松尾八幡平地熱発電所の菱靖之・副所長(右)
案内役の松尾八幡平地熱発電所の菱靖之・副所長(右)

 最初に生産基地を見学する。案内は岩手地熱株式会社松尾八幡平地熱発電所の菱靖之・副所長だ。菱さんによると、地熱発電の最大の特徴は、「地熱生産井」と呼ばれる「蒸気と熱水の井戸」だ。松尾発電所では、井戸を最初はまっすぐ下に掘るが、その後、山の尾根の方向に向かい、斜め下に掘っていく。井戸の全長は2000㍍だが、水平距離では1000㍍先に井戸の先端がある。

300度の熱水を井戸で取り出す

生産井は地下約2000㍍から300度の高温の蒸気と熱水を採取する
生産井は地下約2000㍍から300度の高温の蒸気と熱水を採取する

 先端には、地下の割れ目である「地熱貯留層」があり、ここに温度が300度くらいの圧縮された熱水が溜まっている。この熱水が井戸の配管を通るうちに、減圧沸騰して、蒸気と熱水に分かれる(蒸気熱水混合流体)。これを気水分離機(セパレーター)で蒸気と熱水に分け、配管を通じ、蒸気だけを発電所に送る。熱水の方は、還元井を通じ、地下に戻している。

初期投資が重い地熱発電

 菱さんによると、「生産井の掘削が地熱開発の最初のリスク」という。松尾発電所では、試掘の段階から4本の井戸を掘った。そのうち、最初に掘った井戸は蒸気が少ししか出ず、発電には使えなかった。菱さんの指し示す方向には、何の配管もつながっておらず、栓をした井戸がある。「この井戸を掘ったのが、6~7年前。そこから1年に一本ずつ掘っていった。我々が掘った当時で、一本6~8億円の費用が掛かった。今はさらに値段が上がっている。発電開始が2019年だから、7年くらい無収入で、20億円くらいの投資をしないと発電が始められない」と説明する。「井戸を掘って地熱資源が見つかっても、そこから発電所を建設するのに、さらに2年かかる。太陽光、風力に比べて、開発に非常に期間が掛かり、なかなか手が出しにくい再エネ」と菱さんは話す。

高温の蒸気熱水混合流体はこの汽水分離機で蒸気と熱水に分ける
高温の蒸気熱水混合流体はこの汽水分離機で蒸気と熱水に分ける

発電基地は800㍍離れた場所に設置

 発電基地は、生産基地から800㍍ほど、観光道路を下ったところにある。その理由は、冬季は生産基地の区域が通行止めになってしまうからだ。「何としても発電基地は、通行止め区間の手前に作りたかった」(菱さん)。

 生産基地からは、山のきれいな紅葉が見えるのだが、時折、水蒸気の壁で、その景色が遮られた。レストランを出た時は暖かったが、ここは標高が高いので、手がかじかむくらい寒い。

タービンや発電機が設置されている発電棟
タービンや発電機が設置されている発電棟

7499㌔㍗時の電気を発電

 見学後、再びEVに乗り、今度は800㍍下に位置する発電基地に移動した。ここは、スキーホテルの跡地に建てられた。生産基地が建屋がほとんど何もなく、井戸や巨大な配管がむき出しだったのに対して、発電基地は茶色屋根とクリーム色の壁の大きな発電棟がある。ここで、高圧・高温の蒸気で発電タービンを回し、7499㌗時の発電を行っている。この発電量は、一般家庭の1万5000世帯分の消費電力に相当する。八幡平市の21年末の世帯数は約1万1000世帯なので、八幡平の住民を丸々賄えるだけの電力量だ。

松尾八幡平地熱発電所のタービンと発電機
松尾八幡平地熱発電所のタービンと発電機

「八幡平」ブランドで電力を発売

 電気は、送電線を通じ、再エネの固定価格買い取り制度(FIT)で東北電力が一旦、買い取っている。そこから、更に東北電力から電力の供給契約を結んだJFEの電力小売り子会社「アーバンエナジー」が「八幡平地熱プラン」として事業者向けに電気を販売している。購入しているのは、「八幡平市の施設のほか、環境意識の高い地元の工場」(菱さん)という。

蒸気を水で冷やし、タービンの勢いを増す

 発電棟の中に入ると、大きな緑色の発電タービンが音を轟音をたてて回転している。毎分6000回転だが、それを、減速機で1500回転まで落とし、発電機を回す。タービンの後ろには復水器がある。「タービンの蒸気に水をかけると、蒸気のサイズがぐっと凝縮され、真空が発生する。その結果、蒸気の流速が増すので、タービンが勢いよく回る」という。「復水器があるか無しで、出力が5倍くらい変わる」のだそうだ。

 蒸気を冷やすには大量の水が必要だが、その水を回しているが、半地下に設置されている循環水ポンプだ。蒸気に接した水は40度の温度になるが、これをさらに、冷却塔で冷やして、復水器に循環させる。また、地熱の蒸気は、わずかだが火山性のガスを含んでいる。それを除去するための抽出装置も備えてある。

蒸気を冷やすための水を供給する循環水ポンプ
蒸気を冷やすための水を供給する循環水ポンプ

周囲の景観に配慮した発電建屋

 この発電施設は、国立公園がすぐ近くにあり、観光道路に沿っているので、景観にも配慮したという。建物の高さを少しでも低くしようと、発電タービンは背の低いものを設置した。また、地面の高さを道路より低くすることで、圧迫感がないように工夫したという。

 地熱発電は、世界3位の地熱資源を持つ火山国の日本にとって、昼夜を問わず発電できる「ベースロード電源」として 理想的に思える。しかし、菱さんによるとまだまだ課題はあるという。

鉱物が析出した固着物「スケール」が発電の障害に

 例えば、地熱の蒸気が含む鉱物が凝固してできる「スケール」。地下の熱水は地層の中にある様々な鉱物を溶かし込んでいる。これが配管を通ると、この鉱物が析出され付着してしまう。「地下の熱水の温度が220~230度だと起こりにくいが、250度を超えるあたりから、スケールが発生する」という。人間で言えば、動脈硬化だ。このスケールにより井戸の配管が年間最大で10㌢直径が小さくなる。付着すると発電量が落ちるので、定期的にドリルで配管内のスケールを除去する必要がある。

発電開始から9~10年で利益

 菱さんによると、「地熱は順当に発電が始まってから9年、10年くらい経過してからようやく利益が出てくる。それまでは借金を抱え続ける」と話す。

 松尾発電所の熱水の温度は300度と高いが、これが200度程度だと、地上に出た時に蒸気より熱水の量が多くなる。20㌧の蒸気に対し、100㌧以上の熱水が発生するという。そうなると、還元井を多く掘る必要が出てくる。

 逆にあまりにも温度が高い熱水は、ヒ素などの環境基準をオーバーする物質を含んでいる。この熱水を温泉事業者に渡しても、無害化しないといけないので、利用のハードルが非常に高い。松川発電所は、蒸気から造成された温泉水を地元の八幡平温泉郷に供給しているが、松尾の場合は、蒸気と熱水を還元井で地中に戻さないといけない。それが、せっかくの地熱資源の「地産地消」の壁となっているという。(稲留正英・編集部)

(続く)

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