EVで巡る再エネ最前線②ジオファーム八幡平、地熱と馬厩肥活用のマッシュルーム栽培で引退馬の居場所作りを実現
独自動車メーカー、アウディの日本法人、アウディ・ジャパンが10月18日岩手県八幡平市で開催した第2回目の「アウディ・サステナブル・フューチャー・ツアー」。松尾八幡平地熱発電所を後にし、EVで向かったのは、地熱を活用し、マッシュルームの生産と行っている「ジオファーム八幡平」だ。
引退馬ら45頭が過ごす
現役の競走馬と引退した競走馬を飼育する牧場だ。現在1歳から27歳まで、合わせて45頭いる。特に注力しているのが、引退馬の居場所作りだ。日本国内では年間7000頭くらい、サラブレッドが生産されているが、競走馬として活躍できるのは一握り。また、乗馬施設での乗馬用としても適性のない馬たちもいる。そうした馬たちが余生を過ごす場所をジオファーム八幡平は提供している。馬たちは、昼は広大な牧場で自由に走り回り、夜は厩舎で過ごしている。記者団が厩舎の区画に案内されると、馬たちが物珍しそうに、我々を眺め、鼻先を突き出してきた。
25~30歳の馬齢を全うする馬はごく一部
ジオファーム八幡平の船橋慶延代表によると、「中央競馬では『3歳未勝利』の枠が上限で、勝てなかった馬は、地方競馬に移る。しかし、ここでもパフォーマンスを発揮するのは7~8歳まで」という。その後、乗馬用の馬として過ごす道もあるが、居場所がない馬たちは、最終的には食肉用に屠畜処分されることになる。25~30年の寿命を全うできるのはごく一部だ。
こうした馬たちを受け入れるのがジオファーム八幡平の目的である。だが、余生を過ごすためには費用が掛かる。その資金をねん出する方法として考え出されたのが、マッシュルームの栽培だ。
東日本大震災を契機に八幡平に移住
ここで、少し、ジオファーム八幡平が設立されるまでの経緯を説明したい。代表の船橋さんは大阪府の出身。5歳の時にポニーに乗馬してから、馬と過ごす人生を歩んできた。夢は、騎手か厩務員になることだった。学生時代は、馬術競技で五輪も目指していたことがある。
岩手に移住する前は、北海道の競走馬育成牧場で妻と働いていた。2011年に東日本大震災を契機に、2012年に八幡平市にあるオーストラリア人クラリー氏が経営している「クラリー牧場」に移った。高校時代からの知り合いであるクラリー氏の牧場が震災で打撃を受け、それを手助けするのが目的だった。クラリー牧場は乗馬やトレッキング用に20頭くらいの馬を飼育しており、そこに船橋さん自身が6頭の馬を連れて合流した。
「馬糞たい肥」を商品化、銀座のビルの屋上で活用
だが、なかなか経営は厳しい。「馬たちに何とかご飯代を出せないか」と考えていた時に、「馬糞たい肥」を商品化した。視察に訪れた大学の先生の紹介で、「銀座ミツバチプロジェクト」として、銀座のビルの屋上庭園にも使われるようになった。しかし、需要があるのは春か秋。そこで、自分たちでたい肥を使って野菜作りをしようと、2年目の2013年からマッシュルームの栽培を開始した。「厩舎には馬たちのために藁が敷いてあり、毎日、大量のたい肥が出てくる。せっかくだからうまく活用できないかと、試しにマッシュルームを栽培してみたのが最初の一歩」(船橋さん)。クラリーさんの母国であるオーストラリアは一人当たりのマッシュルームの消費量が多く、牧場の副業でマッシュルームを生産していることもヒントとなった。
ルイ14世時代からの栽培方法
マッシュルーム(仏名シャンピニオン・ド・パリ)はルイ14世(在位1643~1715年)の時代にベルサイユ宮殿で発見され、1707年にフランスの植物学者が、厩舎の敷き藁と馬の糞尿からできた「馬厩肥」でマッシュルームを栽培する方法を開発している。
馬厩肥でマッシュルームが栽培できることが分かったが、大量生産に向け、壁となったのが、八幡平の冬の寒さだ。八幡平の気温は冬には氷点下10度以下に下がる。そうすると、たい肥の発酵に支障が生じる。そこで着目したのが、八幡平の地熱資源の活用だった。
地熱活用へ温泉の近くに牧場を開設
「クラリー牧場の近くに旭日之湯という温泉があり、そこの温泉熱をうまく利用することにした」。経済産業省、エネルギー庁の地熱関連の補助金を活用し、2014年9月に「企業組合八幡平地熱プロジェクト」を設立し、八幡平南温泉旭日之湯の隣に「ジオファーム八幡平」をオープンした。
マッシュルームは栽培から収穫まで6週間
牧場の広さは3ヘクタールあり、放牧地や厩舎、マッシュルームなどの農作物の栽培場がある。「グレイトフルホースファーム」という現役競走馬の育成施設も備える。
マッシュルームは昨年まで4棟、今年に入ってから協力会社が所有の2棟のハウスが加わり、計6棟の地熱を活用したハウスで栽培している。マッシュルームは菌床の床詰から3週間で収穫が可能なまでに育ち、そこから3週間が収穫期間となる。6週間が栽培の1サイクルで、年8回収穫できる。
年間の生産高は100㌧、東北で唯一のマッシュルーム生産
現在では、効率化の観点から、地熱によるたい肥の発酵は止め、代わりに、千葉県の連携農場である「芳源(よしもと)マッシュルーム社」にたい肥を運び、ここで、たい肥の発酵とマッシュルームの菌床の製造を委託している。この菌床をジオファーム八幡平に運び、ハウス内の栽培棚に床詰している。
生産高は昨年で86㌧、今年は100㌧超を見込んでいる。船橋さんは「岩手県で唯一、東北3県でもマッシュルームを作っているのはここしかない」と話す。
巨大競馬産業の影と引退馬の運命
日本では、連日、テレビで競馬のコマーシャルが流されている。若い女性の間で人気も高まり、売り上げは日本中央競馬会(JRA)で年間3兆円、地方競馬でも9000億円ある巨大な産業だ。その一方で、引退した馬たちがその後どうなるのかは、世間にほとんど知られていない。寿命を全うする馬はごく一部で、馬肉の需要が多いので、ほぼ屠畜に回ってしまっているという。
「人の食のサイクルに馬を入れない」
「海外でも馬をなるべく人の食のサイクルに入れないように、例えばイギリスなどではそういう方向になっている。そのため引退馬の場所づくりが必要だが、飼育コストはかかるので、マッシュルームを栽培して収益で賄おうとしている。こういったスタイルがあれば、引退した馬たちの居場所が増えるのではないか」と語る。
北里大学との共同研究で、マッシュルームを原料としたドッグフードも開発。「ふるさと納税の贈答品としてよく活用されている」という。
馬は人の心のパートナーとして復活へ
船橋さんは「昔は人の肉体的な負担を馬がカバーしてくれたから、人類が発展してきた。最近は自動運転やロボティックスの発達で、人の負担は減っているのに、人のメンタル面は逆に難しくなっている。そういった中で、今度は『人の心の支え』として、馬が復活できるのではないか」と期待している。(稲留正英・編集部)
(続く)