経済・企業

保育業者の“闇” 補助金不正に保育士の賃金据え置きも 小林美希

グローバルキッズ本社 筆者撮影
グローバルキッズ本社 筆者撮影

 保育大手グローバルキッズが保育士数を水増しして運営費を不正受給していたことが明るみに出た。保育園経理の規制緩和が、不正の温床となっているのではないか。>>特集「保育バブル崩壊」はこちら

背景に委託費の流用制度

 今回の虚偽報告は重大かつ悪質──。

 東京都が保育大手グローバルキッズCOMPANYに対して行った監査資料を情報開示請求すると、そこには「重大かつ悪質」「組織としての自浄作用が欠けていたのでは」「改善報告をいただいても信頼してよいものかわからない」という都からの厳しい言葉が並んでいた。

開示された監査資料 筆者撮影
開示された監査資料 筆者撮影

 同社は保育士の「名前貸し」を行い、保育士の人数を水増しして補助金を不正に受給。2022年1月に東京都が同社に「特別指導検査」に入って全園に一斉検査を行い、行政への虚偽報告が発覚した。一般的な監査で違反が見つかって指導してもなお法令違反などがある場合に、特別指導検査が行われる。

 同社は本部関与の下、本社で働く保育士資格のある社員19人について、勤務実態のない保育園で働いていたかのように名簿や出勤簿を偽造した。少なくとも15年4月から19年12月までの間、都内の認可保育園11カ所、認証保育園5カ所で虚偽の報告をしていた。都の監査資料から「グローバルキッズ職員偽装事実確認一覧」を見ると、①新規開園時点での保育士数の水増し、②一つの園で職員3人を偽装、③一つの園で入れ替わり5人を偽装するなどしていた。

 都の特別指導検査が入る前の21年7月、豊島区の監査でも保育士数の水増しが見つかっている。21年10月には、世田谷区の監査で同様の不正が発覚しており、世田谷区から約900万円の運営費補助金と違約加算金の返還命令を受けていた。これら不正受給の合計額は、少なくとも3400万円に上る。今回、グローバルキッズに取材を申し込んだが、断られた。

氷山の一角

 こうした不正は氷山の一角の可能性がある。M&A(企業の合併・買収)で業績拡大を狙うソラストが買収した「はぐはぐキッズ」社と「こころケアプラン」社でも、東京都による監査で問題が見つかっている。はぐはぐ社では、18年度に解約払戻金を退職慰労金として利用できる仕組みの保険に本部社員1人が加入し、保険料900万円近くを不正に計上していた。

 こころ社では、現場で使える費用が過少だったことが20年度の都の監査で分かった。公費で玩具を買うための保育材料費だけでも園児1人当たり月に約2000~3000円が出ており、他に消耗品などの費用も出ている。にもかかわらず、こころ社では、玩具や消耗品も含め、園児1人当たり月2000円しか現場に渡されていなかった。こころ社の監査資料には「おもちゃの数が園児数に対して少ない量で、クラスに絵本は10冊程度、人形の洋服は全て裸で紛失したまま補充がなく」とあった。

 ソラストは、こころ社の直近3カ年の決算を公表しており、19年1月期の売上高は20億6300万円、純利益が7億7000万円だった。売上高に対する純利益の割合は約37%と利益率が高い。ソラストに、買収の経緯やメリットについて取材を申し込んだが、取材は断られた。

 不正が起こり、費用が適正に使われないのは、運営費を保育以外に流用できる制度に原因がある。

人件費の“流用”可能に

 そもそも私立の認可保育園には、税金と保護者が支払う保育料が原資となる運営費の「委託費」が市区町村を通じて支払われる。かつては「人件費は人件費に、事業費は事業費に、管理費は管理費に使う」という使途制限がついていた。それが00年、規制緩和によって営利企業の参入が認められると同時に、委託費の大幅な弾力運用が認められた。人件費、事業費、管理費の相互流用はもちろん、同一法人が運営する他の保育園や介護施設、関連事業、本部経費などの経費にも流用できるようになった。

 ある程度の経営の自由度があることは必要だが、規制緩和によって委託費収入の25%もの流用が可能になり、委託費の8割以上を占める人件費を削って多額の委託費が流用される問題が起こっている。東京都の調査では、18年度の社会福祉法人の人件費支出の割合は7割だが株式会社は5割にとどまり、その傾向は変わらない(図)。

 委託費を算出するための「公定価格」は全国八つの地域区分によって金額が異なり、公定価格が最も高い東京23区に集中して株式会社が進出している。

 公定価格の保育士1人当たりの基本的な賃金年額は、地方の多くが約369万円だが、東京23区は約442万円と高い(21年度)。そこに処遇改善費が加わると、東京23区は最大で約565万円の人件費が公費で出る計算だ。岸田文雄政権で追加された処遇改善が加わればさらに増える。しかし、実際に東京23区の保育士が受け取ったのは私立の平均で約381万円でしかなかった(内閣府「幼稚園・保育所・認定こども園等の経営実態調査」18年度実績)。

 筆者は、東京都が公開する各認可保育園の常勤保育従事者の賃金実績について、保育大手で上場している6社傘下の保育園の19年度実績を調べた。すると、JPホールディングスは年間賃金の平均が366万円、ライクは330万円、グローバルキッズは361万円など、6社とも400万円に満たない(表)。

 委託費を直接配当に回してはいけないルールがあるが、「お金に色はついていない。経営指導料などの形で本部に吸い上げられれば、配当に使われる」と国会でも問題視されている。保育士の賃金が低くても、利益が出ている企業は株主配当を実施している。

 これまで全産業と比べ保育士の賃金が月10万円低いことが問題視され、13年度から22年度までの間に、保育士1人当たり平均で年に約64万円から約112万円もの賃金アップを国が図ったが、思うように保育士の賃金は上がらない。保育園を監査する自治体は、保育士の賃金額そのものについては、「あくまで事業者の判断」という姿勢だ。国が委託費の弾力運用を認める以上、人件費は“バケツの底に穴が開いた状態”だ。

 税金を原資とする委託費は本来、その園の子どもたちのために使うもの。法令順守がより重視される上場大手による不祥事をきっかけに、不正の温床にもなり得る「委託費の弾力運用」は見直す時期に来ているだろう。

(小林美希)


週刊エコノミスト2022年11月15日号掲載

大手で不正受給3400万円 委託費の流用制度が背景に=小林美希

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