経済・企業

欠陥あり!国をつぶすインボイス制度 玉田樹

昨年10月からインボイス発行事業者の登録も始まったが…… jupiter/PIXTA
昨年10月からインボイス発行事業者の登録も始まったが…… jupiter/PIXTA

 消費税のインボイス制度が来年10月から実施される。消費税率10%への引き上げと軽減税率8%の導入に伴って実施が決まった制度で、昨年10月からインボイス発行事業者の登録も始まっている。しかし、インボイス制度には欠陥があり、年間売上高1000万円以下の零細事業者が取引から排除されかねない。この制度がそのまま実施されれば、この国は確実につぶれてしまうだろう。>>特集「狭まる包囲網 税務調査」はこちら

零細事業者を取引から排除しかねない

 これまで、年間売上高1000万円以下の事業者は「免税事業者」として消費税の納税が免除され、消費税が「益税」として零細事業者の懐に入っていた。インボイス制度の導入は、この益税を表にさらすことにあるとみている。大きく問題となるのは、消費税を納税している「課税事業者」と免税事業者の取引における、課税事業者の消費税計算の仕組みである。

 消費税はもともと、事業活動の中で「販売時に受け取った消費税」から「仕入れ時に支払った消費税」を差し引いたうえで納税する。これを「仕入れ税額控除」と呼んでいる。例えば、消費税率10%で8万円の商品を仕入れ、それを10万円で販売した場合、消費税納税額は「販売時消費税(10万円×10%=1万円)−仕入れ時消費税(8万円×10%=8000円)=2000円」となる。

 しかし、インボイス制度が始まれば、仕入れ税額控除をするためには、仕入れ先の事業者からある種の証明書を発行してもらう必要がある。この証明書が国税当局から付与される「事業者登録番号」を記載した消費税の「適格請求書」(インボイス)である。しかし、このインボイス制度では事業者登録番号は自ら申告しない限り、年間売上高1000万円以下の零細事業者には付与されない。世の混乱を招く原因はここにある。

 年間売上高1000万円以下の零細事業者が、今後も免税事業者を選択する場合には、事業者登録番号を取得できない。そのため、ある課税事業者が免税となる零細事業者から8万円で仕入れ、それを10万円で販売した場合、この課税事業者の消費税納税額は「販売時消費税(1万円)−仕入れ時消費税(0円)=1万円」となる。仕入れ時の消費税がゼロになるのは、零細事業者が適格請求書を発行できないからである。

「益税」はごくわずか

 その結果、この零細事業者と取引する課税事業者は、仕入れ税額控除ができなくなり、本来2000円で済む消費税を1万円納めなければならない。これでは困るため、課税事業者は①零細な事業者とは取引をしない、②零細事業者からの仕入れはあらかじめ10%の値引きを求める、③取引先の零細事業者に「適格請求書」を発行できる課税事業者になるよう要求する、④販売価格を10%値上げする──の四つから選択を迫られる。

 政府はインボイス制度の導入によって、零細事業者が自発的に③課税事業者になることを選択し、「益税」がなくなることを期待している。しかし、そうした期待とは別に、課税事業者が零細事業者に②や③を強要することが起こりうる。ただし、これは独占禁止法の「優越的地位の乱用」に当たる可能性が高いため、実際には課税事業者は①を選択せざるをえない。つまり、この制度の導入によって、零細事業者“いじめ”が始まるのである。

 年間売上高1000万円以下の零細企業は、日本の企業全体の4割を占めている。これらの企業が、仕事から締め出される社会が生まれるのである。益税と見なされているのは消費税全体のわずか0.5%(売上構成比=消費税構成比)にすぎない(表)。社会全体を壊してまでそれを徴収することにどれほどの意味があるのか、問われて当然と考える。

 また、フリーランスや起業者を生みにくい社会を作る。サラリーマンがすべてではないという社会が芽生え、フリーランスとして働く人が増えている。2020年の国勢調査によれば、従業員のいない個人事業主の起業者は就業者全体の6.4%と年々増えている。また、ランサーズの調査によれば、副業などを含めた広義のフリーランスは21年時点で約1670万人で、全体の3割に近い。

 しかし、インボイス制度によって零細事業者を取引から排除することは、フリーランスや起業家が生まれにくい社会を作るだろう。国は「スタートアップ企業10倍増」を目標に動き始めたが、インボイスはこれに大きな水を差すことになる。さらに「『デジタル田園都市国家構想』は地方から」の足を引っ張り、これからの産業を担う新しい起業の芽を摘むことで将来は真っ暗となる。

シルバー人材センターも

 また、生涯現役時代に向け、65歳以上の人が「雇用」にこだわることなく、「起業=自己雇用」する社会も生まれている。起業者は就業者全体の6.4%だが、65歳以上では18.7%にもなり、起業者全体の44%を占めている。今後、免税事業者として事業がおぼつかなくなれば、シニア起業も困難にする。高齢者の起業意志をくじくだけでなく、社会保障の体系をゆがんだものにする。「人生百年時代」など冗談となる。

 農業はインボイス制度の「適用除外」のため問題はないと思っている人が多いが、間違いである。「適用除外」を受けるのは、農家が農協に無条件で農産物の販売委託をした場合に限られる。農産物直売所や、都会のスーパーなどと直取引する免税事業者の農業者は取引ができなくなる。これは裏返せば、一般農業者の零細事業者との取引が困難になることを意味する。

 地方における高齢者の優れた活動主体であるシルバー人材センターの経営も厳しくなるだろう。60歳以上が会員であるシルバー人材センターの消費税は、仕事依頼者から受け取った販売時消費税から会員が請け負った仕事への仕入れ時消費税を引いて納めることになるが、会員が零細事業者であるため、センターは仕入れ税額控除ができずに消費税の負担が増し、経営が行き詰まることになる。

 日本商工会議所のアンケート(21年11月)によれば、課税事業者は免税事業者からの仕入れについて「取引は一切行わない(7.4%)」「一部を除いて取引は行わない(4.3%)」「(仕入れ時消費税の一定割合が控除可能な) 経過措置の間は取引を行う(9.1%)」と、合わせて2割の事業者が「取引を行わない」という態度を明確にしている。今後、インボイス制度の周知が進めば、その割合は急上昇するだろう。

 このように、インボイス制度の問題が多数指摘されているにもかかわらず、国は逃げの一手のようだ。国民がなぜ、インボイスごときで起業する意志を奪われ、これまで順調に育ててきたものを失い、立派に運営してきた組織や会社をつぶさなければならないのか。国はこれに答える責任がある。“だんまり”を決め込んでいては事は解決しない。ここまで事態がはっきりしてしまえば、インボイス制度に「欠陥」があることを認め、もはや政治が前面に出てこれを正さなければならない場面である。

欠陥補う「特例」導入を

 インボイス制度開始まで残る時間は限られるが、制度の欠陥を補う提案をしたい。まず、零細事業者から仕入れを行う課税事業者には、その事業者の規模にかかわらず仕入れ税額控除に「特例措置」を設けて、零細事業者を排除しない仕組みを考えたい。つまり、仕入れ時消費税が「0」とならないように、免税事業者との取引では「仕入れ時消費税」を「特例」に置き換えるのである。

 この免税事業者からの仕入れ税額控除にかかわる「特例措置」の方法を二つ挙げる。一つは、適格請求書を発行できない零細事業者から受け取る「請求書」の10%を特例として「仕入れ時消費税」と認めることである。二つ目は、インボイス導入後も年間売上高5000万円以下の事業者に適用される消費税の「簡易課税制度」を活用する。

 簡易課税制度では、事業者の納税事務を簡便化するため、仕入れ時消費税を「販売時消費税×みなし仕入れ率(業種ごとに40~90%)」で計算することが認められている。これを免税事業者からの仕入れに限って「特例」としてすべての事業者に適用できるようにし、零細事業者からの仕入れが仕入れ税額控除の計算に登場しないようにするのである。

 幸いにも、政府は当面の猶予措置として、限定された事業者の少額の仕入れで、インボイスがなくとも仕入れ税額控除を受けられるようにする検討を始めたと報じられた。しかし、小出しでは意味がない。インボイス制度は、すべての事業者が将来も安定して活動できる基盤とならなければ、国民は混乱して我が国はつぶれる。唯一の対策は、インボイス制度の欠陥を正すため、しかるべき「特例措置」の導入を決定することである。国民が力を合わせてそれを支持できる基盤を作ることを願う。

(玉田樹・ふるさと回帰総合政策研究所社長)


週刊エコノミスト2022年12月6日号掲載

どうなる?どうする?インボイス 零細事業者が取引から排除 国がつぶれる欠陥制度=玉田樹

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