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経済・企業 日本経済総予測2022 

岸田政権の賃上げ政策がダメな理由 内部留保を人件費に回す税制が必要だ=玉田樹

所得倍増の条件 内部留保を継続的な賃上げに 税制と産業政策の2本柱で実現

 岸田文雄政権が“ついに”賃金アップを政策の中心に据えた。日本より低い賃金だった欧米諸国が、2012年あたりから賃上げを開始し、今やおしなべて日本よりも5割も高くなったのに対し、日本は00年から20年間も賃金が全く上がらずこれを放置し、横ばいが続いていたからだ。(日本経済総予測2022)

毎年20兆円ため込む

 岸田政権は産業界に対し3%の賃上げを要請したが、今のところ企業がこれに十分に応えるかは定かでない。しかし、適切な政策を打てば、22年を賃金アップの年にすることができる。

 まず、日本の賃金が全く上がっていない理由を確認しておきたい。この20年間、企業の利益は配当金を増やす以外は毎年20兆円前後、累計500兆円におよぶ内部留保としてため込まれた。設備投資はおろか人件費を増やすことに使われなかった(図1)。

 これは、日本が世界経済の変化に対応できなかったためだ。その変化とは、低賃金に支えられた工業製品の輸出競争に中国など途上国が参加し始めたことだ。

 欧米先進諸国は20世紀の工業社会から脱し、21世紀の「デジタル」に依拠する新しい産業づくりに移行した。欧米の賃金上昇は、これに向けた人的資源の活力を引き出すために行われた。

 この変化は日本がアベノミクスに踊らされている間に起こった。日本企業は人的・物的投資を軽視し、法人税減税と内部留保のおかげで生き延びるすべを得て、従業員を軽んじ組織だけが生き残る「民衰えて企業栄える」社会を作ってしまった。

 もし、日本企業が11年から18年までの内部留保の年間増加分の20%を従業員の賃金に回していたら、年率4・4%、18年には1・4倍の給与の増加となり、30%を回していれば、年率5・8%、1・6倍と欧米並みの上昇幅になっていただろう(表)。

 非正規雇用者を含めた賃金アップが実現していれば、少子化に歯止めがかかり、夫婦共働きなら一方が就業時間を減らすことも可能になり、今回のコロナのような“いざというとき”に、在宅で子供の面倒を見るなど時間を確保することもできただろう。

 岸田首相が自民党総裁選で打ち出した所得倍増は、内部留保の年間増加分の40%を従業員の給料に回すことで、10年後には達成できる。これは決して荒唐無稽(むけい)ではないことを指摘しておきたい。

 こうした社会を実現するために、岸田政権は「賃上げを行う企業に税制支援を行う」ことにした。しかし、賃金アップ=減税で還元という仕組みは、安倍晋三内閣の時代から「賃上げ減税」として存在し、有効に機能しなかった。

 そのため、還元率を高めようとする議論もあるが、むしろ問題の本質は、賃金アップした年度のみの税の還元では、増加した固定費が続くことになる企業には魅力あろうはずがないことにある。

 そこで、一過的な減税ではなく、「賃金アップに応じて継続的に法人税率を下げる」ことを考えたい。法人税の体系を抜本的に改めるのは困難を伴うので、「“実質的”法人税率引き下げ制度」という別の制度対応で賃金アップの環境を作るのが現実的だ。

 法人税の税率を元の25・5%に戻し、増税することをスタートラインにして、一定水準、例えば年率4・4%の水準を超えた賃金アップの度合いに応じて「企業ごと」に継続して法人税の実質税率を下げる制度を導入する。つまり毎年賃上げを行う企業は、それに応じて毎年税率の下げが継続し、企業が増税分を取り戻す競争的環境が生まれる(図2)。

 法人税率を元に戻すことで、まずは毎年2兆円近くの財源を確保し、賃金アップを行う個別企業に対し、非正規雇用への対応も勘案して実質法人税率を引き下げていけばよい。

デジタル市場掘り起こし

 さらに、世界経済の変化に対応し、デジタルに依拠した「新しい産業づくり」をスタートさせる必要がある。これは、地方の給料が大都市よりも1割も低いという現実を打破するうえでも、きわめて重要な取り組みとなる。

 岸田政権は「デジタル田園都市国家構想」を掲げた。しかし、振り返れば政府は2016年にデジタルを活用した新しい社会像「ソサエティ5・0」をすでに提唱している。残念ながら、いずれもデジタル化の「効用」、つまり何が便利になるかを示したにすぎない。

 デジタル化の効用があるところには、利用者の「市場」が存在するはずだ。4年前に策定された「地域未来投資促進法」では、医療福祉、環境、交通、インフラ維持管理などの分野は「成長市場」だと示した。しかし、成果が見られないのは、逆にデジタル化の視点が欠落していたからだ。

「デジタル化」と「市場」を掛け合わせたところに生まれるのが「産業」である。今回のコロナは、デジタル化が単に情報交換や買い物だけではなく、企業のテレワークや役所、学校、病院のネット環境など、「現実社会」の困っていることに使われるべきことを示した。

 今後は例えば、介護、交通、防災などすでに税金が投入されている分野や、農場や工場など作業現場を対象にデジタル投資が発生する。ここに、地方も対象にする「社会システム産業」という産業が生まれる、と筆者は考える。

 21世紀近くになって、先進国はこぞって新自由主義に傾斜し、規制緩和、株主重視、市場原理の徹底などを推し進めた。日本も“先進国たるものは”と同調し、「競争政策」へとかじを切り、「産業政策」を放棄した。しかし、私に言わせれば、それは“妄想としての先進国意識”にすぎない。国として産業を育成しなかったことが、日本が成長できない大きな要因だ。

「産業育成」はこの20年間、ほとんど顧みられることがなかった。特に日本ではIT人材が専門企業に偏在しているため、一般企業のデジタル化が進んでいない。この打開に向け人的資源の再配分や支援制度などの「産業政策」を改めて発動する必要がある。

(玉田樹・ふるさと回帰総合政策研究所代表)

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