経済・企業

“分配”に失敗して「超格差社会」になったアメリカ 岸田政権は歴史に学べ=中岡望

レーガン大統領(左)の時代に「格差」の種がまかれた
レーガン大統領(左)の時代に「格差」の種がまかれた

米国の失敗に学ぶ “分配”を阻んだ「新自由主義」 労働組合の衰退で広がる格差

 岸田文雄首相は「新しい資本主義」を目指すと主張している。これは、貧富の格差拡大をもたらした「新自由主義(ネオリベラリズム)」に代わる資本主義を意味するのであろうか。(日本経済総予測2022)

 米国では、ネオリベラリズムが導入された結果、弊害として貧富の格差が極大化している。同じように導入した日本でも格差拡大が深刻な社会問題となっている。弊害を克服するにはネオリベラリズムの本質を理解する必要がある。

 米国の資本主義は、古典的リベラリズム、ニューディール・リベラリズム、ネオリベラリズムと変遷してきた。

 古典的リベラリズムは「市場での自由競争が最適な資源配分を実現する」という考え方で、アダム・スミスら英国の経済学者たちが発展させた「古典派経済学」の資本主義原理である。古典的リベラリズムは大恐慌による「市場の失敗」で破綻。ニューディール・リベラリズムの登場によって市場規制が進んだ。だが1980年代になると市場主義と規制緩和を主張するネオリベラリズムとして復活した。

 復活に大きな役割を果たしたのが81年に就任したロナルド・レーガン大統領である。レーガン大統領は(1)規制緩和、(2)競争促進、(3)大幅減税、(4)福祉政策削減による小さな政府の樹立(レーガノミクス)──などを公約として掲げた。ネオリベラリズムの経済政策の基礎となったのは「供給サイドの経済学」と名を変えた古典派経済学である。

 供給サイドの経済学は、経済成長には資本の効率的利用、生産性上昇、企業価値の最大化が必要との考えがベースにある。「分配」よりも「成長」を重視する。投資が成長の原動力で、そのためには貯蓄を増やす必要があり、貯蓄を増やすには「富裕層減税」が効果的と唱えた。減税で一時的に財政赤字が拡大しても成長によって税収は増え、結果的に労働者の賃金も上昇する「トリクルダウン効果」が期待できると主張された。

富める者がさらに富む

 だが、実際に起きたのはトリクルダウンではなく「労働賃金の抑制」と「貧富の格差の拡大」であった。また、レーガノミクスの真の狙いは労働市場の規制緩和と労働組合潰しにあった。ニューディール政策のもとで巨大化し、民主党の最大の基盤であった労働組合を解体することは、政治的な意味もあった。

 労働市場の規制緩和は奏功し、労働組合運動は後退し始め、組合参加率は今日に至るまで低下を続けている。83年の労働組合参加率は20・1%であったが、2019年には過去最低の10・3%にまで低下している。民間部門だけみると、83年に16・8%であったが、20年には6・3%にまで低下している(図1)。労働生産性は向上が続いていたにもかかわらず、80年ごろから賃金の上昇率は大きく鈍化した(図2)。労働組合の弱体化で、生産性向上が賃金に反映されなかったのだ。

 一方で、81年に所得税の最高税率は70%から50%に引き下げられた。さらに86年に28%にまで引き下げられた。富裕層の収入は、労働所得よりも資産所得の方が圧倒的に多い。米連邦準備制度理事会(FRB)によれば、21年第2四半期に、米国の上位10%の富裕層は83兆ドル(約9500兆円)の資産を持ち、米国人が持つ全ての株式や投資信託の88%を保有している。

 富裕層の収入の中で利子配当収入や証券の売買益が大きな比率を占めている。20年のキャピタルゲインなどの金融収入の税率は最高20%であるのに対して、所得税の最高税率は37%である。富裕層の資産は自然に増えるが、金融資産を持たない低中所得層との格差は拡大し続ける構造である。

 近年、ネオリベラリズムの行き過ぎにストップを掛ける動きが米産業界から出てきた。19年8月19日に経営者団体のビジネス・ラウンド・テーブルが「企業目的に関する声明」を発表した。企業目的の再定義を行い、181人の経営者が声明に署名している。その中で注目されるのは、「従業員に対して公平な報酬と給付を提供する」必要性が指摘されていることだ。

 その時の記者会見で、JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモン会長は、企業が長期的に成長する唯一の方法は「労働者とコミュニティーに投資することだ」と語っている。これは「フリードマン・ドクトリン」との決別と解釈できる。

 バイデン大統領はネオリベラリズムで傷ついた社会と経済を再興するために「新ニューディール政策」を構想している。大規模な公共投資と労働組合の強化、中産階級の減税、富裕層と企業の増税である。既に1兆ドル規模のインフラ投資法が成立。投資資金を調達するために2兆ドル規模の富裕層増税を検討している。

 労働組合寄りの大統領でもあるバイデン大統領は、既に全国労働関係委員会の強化を打ち出し、法令違反を犯した企業への罰則を強化する方針を明らかにした。また労働賃金を引き上げるために労働組合の強化も課題に挙げている。最低賃金の1時間当たり15ドルへの引き上げも政策課題に挙げている。トリクルダウン効果を否定し、賃上げが可能になる構造的改革を目指している。

 日本はどうか。ネオリベラリズムの政策はバブル後の長期にわたる不況対策として導入され、その経済的、政治的意味が問われることはなかった。企業は労働市場の規制緩和で正規社員を減らし非正規社員を増やすことで人件費を削減し、利益を上げてきた。利益は株主配当に向けられるか、内部留保として「退蔵」され、賃上げに充当されることはなかった。

最低賃金引き上げは必須

 労働者は正当な報酬を受け取る権利がある。“かつて”の春闘のような賃上げを実現する仕組みは、現在は存在しない。現在の日本の組合運動の衰退は目を覆うべき状況にある。また成長と分配の議論が行われているが、成長を実現しても労働者の正当な分配が増える保障はない。トリクルダウン効果は、すでに否定されている。

 労働者は消費者でもある。賃金が上昇しなければ購買力は増えない。また低賃金は生産性向上を妨げる。低賃金労働が使える限り、企業は合理化投資を積極的に行わないだろう。そこで、長期的な視野に立って「最低賃金の引き上げ」が行われるべきであろう。

 現在、岸田政権が検討している賃上げ企業への税優遇措置や、経済団体に賃上げ要請をするという経営者の“温情”に期待する政策は、ネオリベラリズムの弊害を断ち切るのに必要な「新しい資本主義」とはいえない。

(中岡望・ジャーナリスト)

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