週刊エコノミスト Online書評

文科省が拉致問題対策本部の要請で「図書館の自由に関する宣言」を侵害=永江朗

 文部科学省が各都道府県の教育委員会に送った通知に対して、図書館関係者や教育関係者から批判や懸念の声が上がっている。

 通知は公立図書館や学校図書館などで北朝鮮による拉致問題に関する図書館の蔵書を充実させるよう協力を要請するもので、8月30日付けで発せられた。12月10日からの北朝鮮人権侵害問題啓発週間に向け、内閣官房拉致問題対策本部から協力を依頼されたことを受けてのものだという。

 しかし、この要請は図書館の自由と独立を侵害する危険なものだ。

 日本図書館協会の「図書館の自由に関する宣言」は次のように言う。

〈図書館は、権力の介入または社会的圧力に左右されることなく、自らの責任にもとづき、図書館間の相互協力をふくむ図書館の総力をあげて、収集した資料と整備された施設を国民の利用に供するものである〉

 拉致問題の解決は重要である。しかし、だからといって国家が公共図書館や学校図書館をその啓発の道具にすることは許されない。

 同宣言が〈わが国においては、図書館が国民の知る自由を保障するのではなく、国民に対する「思想善導」の機関として、国民の知る自由を妨げる役割さえ果たした歴史的事実があることを忘れてはならない〉と述べているように、苦い歴史の反省から生まれた指針である。

 文科省の通知に対して、全日本教職員組合は9月15日、撤回を求める要請書を提出。10月9日には図書館問題研究会も撤回を求める要請をした。そして10月11日は日本図書館協会が意見表明を発表した。

 意見表明では、文科省からの文書であることによって学校や図書館への指示や命令と受け取られかねないこと、また、学校図書館の中にはいまだ専門職員が配置されていない地域も多く、通知による要請が十分検討されることなく指示と受けとめられる可能性があることを指摘している。

 文科省が「図書館の自由に関する宣言」を知らないはずはない。だが拉致問題対策本部から要請されたとき、それが問題だと思い至らなかったのだとしたら、官僚の劣化は深刻だ。


 この欄は「海外出版事情」と隔週で掲載します。


週刊エコノミスト2022年12月20日号掲載

永江朗の出版業界事情 図書館の自由と独立を侵害、反発の声続々

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