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米経済学者 ジョン・K・ガルブレイス「日本は銀行家や企業の経営者を責めるのを避けたいために、政府や官僚が悪かったという結論を出しがちだ」(1999年9月)

週刊エコノミストは、各界の第一人者にロングインタビューを試みてきました。2004年から「ワイドインタビュー問答有用」、2021年10月からは「情熱人」にバトンタッチして、息長く続けています。過去の記事を読み返してみると、今なお現役で活躍する人も、そして、今は亡き懐かしい人たちも。当時のインタビュー記事から、その名言を振り返ります。


ルーズベルト、トルーマン、ケネディら米国の歴代政権に仕え、2メートルを超える長身から「経済学の巨人」とも呼ばれたジョン・ケネス・ガルブレイス氏(2006年4月死去)。週刊エコノミストには、1999年9月に掲載された特集「アメリカ経済バブル」の米経済学者特別インタビューのトップバッターとして登場した。その言葉は、いま読み返しても示唆に富んでいる。当時の記事を再掲する。※記事中の事実関係、肩書、年齢等は全て当時のまま

ジョン・K・ガルブレイス教授

米経済学者特別インタビュー

1999年9月21日

米国はいま大きな投機バブルを経験している

 『バブルの物語』で知られるガルブレイス教授が、このところ再び活発な発言を開始。現在の米国株式市場および米国経済に対し強い警告を発している。米国在住のエコノミスト、佐々木スミス氏が、ガルブレイス教授に長時間のインタビューを行った。聞き手=佐々木 スミス 三根子

 90歳になったガルブレイス教授は、最近“Name-Dropping”(有名人の名前をすぐ口にするという皮肉を込めたタイトル)という本を出版した。さすがに、ハーバード大学の研究室で長時間過ごすことはまれで、もっぱら大学近くの自宅の書斎で文筆生活を送っている。新著の出版を機会に、教授は再び新聞や雑誌記事に頻繁に登場しているが、それらの記事では、米国経済や株式市場に対する教授の厳しい発言を取り上げているものが目立つ。今回のインタビューでも、主としてその点について質問した。

「ニュー・エコノミー」は危険な錯覚

―― 最近再び、教授の米株式市場・米経済に対する懸念がマスコミに取り上げられていますね。

ガルブレイス 米景気が好調で、失業率が大幅に低下し、一部の分野では労働力不足さえ見受けられるにもかかわらず、インフレが起きていない現状は、大変好ましい。そのかなり大きな理由は、労働組合を中心とした労働闘争の終焉により、昔風な賃金上昇による螺旋状の物価の押し上げ圧力が弱まったことにあると思う。

 しかし、反対に暗い面として、日本の方々にとってはそんなに驚きではないだろうが、米国は現在、普通株のみならず、デリバティブズ、インデックスファンド、その他の投機的商品、さらに地域によっては不動産への投機によるバブルを経験している。しかも、ここ数年、「米国経済は、永遠に繁栄を続けられる歴史的に新しい時代に突入した」という、きわめて危険な錯覚に陥っている人が多くなった。私は、人々はあくまでも、現在の好況の裏には投機的状況があることを忘れてはならないと言いたい。

―― 最近の「ニュー・エコノミー」論に反対されるわけですね。

「経済学の巨人」と評されたジョン・ケネス・ガルブレイス=1978年撮影
「経済学の巨人」と評されたジョン・ケネス・ガルブレイス=1978年撮影

ガルブレイス バブルの発生は常に同じような状況下で起こる。つまり株なり、日本の場合だと不動産なり、オランダのチューリップ投機の際はチューリップなりの値段が上がると、株、不動産、またはチューリップを所有する人々はいい気分になり、さらに買い続ける理由を見つけ、自分の判断を正当化する。そして、それがより価格を上昇させ、他の人も参加することから、典型的投機の動きに弾みがつき、経済要因の変化や、外部的情報を受けつけなくなる。自分の儲けに都合のいいこと以外は信じなくなるわけだ。

 すると、経済に対する新しいパラダイムが生まれたと信じ込み、「ニュー・エコノミー」論がはやる。しかし、この説は単に儲かると思われることを、議論で正当化しているだけだ。

―― 「ニュー・エコノミー」論者は、米国の株式市場が今後も右肩上がりに上昇し続けるという楽観論を主張しています。

ガルブレイス 私は、現在の米経済と株式市場を、あくまで300年のバブルの歴史の一環としてとらえて「ニュー・エコノミー」論に反対している。過去300年の歴史において、このような株価の上昇が資産効果から景気の腰を強くして、反対に株価のさらなる急騰を実体経済が支援し、正当化させるようなサイクルが何度も繰り返されてきているわけで、歴史的な観点からは、何も新しい現象ではない。「ニュー・エコノミー」とは、そのたびに何度も聞かれた実に危険な言葉だ。

―― 教授の米株式市場に対する懸念は目立って厳しく、同僚の経済学者からでさえ、教授は厳しすぎるとの声が聞かれます。教授は、著作『大暴落―一九二九年』の前書きの中で、株式市場に希望的観測を持つ人々からの非難について、興味深い体験談を紹介しておられますね。

ガルブレイス この本が出版されて間もない1955年春、株式市場は高騰していたが、私が上院委員会でバブルの経験について証言をしていると株価が下落した。すると「ケガをするぞ」という脅迫状が何通も自宅に届くようになり、さらに数日後、バーモントのスキー場で足を骨折したことが新聞で報道されると、今度は「ほら見ろ、自分の祈りがかなった」という内容の脅迫状に変わった。インディアナ州選出の上院議員に至っては、当時の時勢を反映し、私を秘密共産党員と罵ったこともあった。

―― 教授はそのような世間からの風当たりにどのように対処していますか。

ガルブレイス 私の『大暴落―一九二九年』と『バブルの物語』の2著書は、投機とバブルに対する自分としての最大限の警告のつもりだ。特に『大暴落』は、『豊かな社会』を含め、私が執筆した他の著書を上回る売り上げで、印税通知が来るたびにびっくりしているくらいだ。

―― 実は私も、その本を家族や友人たちに配りました。

ガルブレイス それが売り上げに貢献したのだね(笑)。株価が急騰を続けると人は不安になり、このような本を読んでみる気になるのだろう。私は本を書いたり、発言する時は、当然批判されることを覚悟していて、逆に批判されないと発言が無視されたような不安に取りつかれる。

FRBは万能ではない

―― 米国がバブルを経験しているとすると、米株式市場はいつごろ、いかなる調整局面を迎えるでしょう。

 ガルブレイス 私は、いつ株式市場が調整期に入り、いつ景気の循環が転換点に達するかなどということは、決して予測しない主義だ。その理由は、他人は、私の間違えた予測はいつまでも覚えている半面、正しい予測はすぐ忘れてしまうからだ。唯一、私が言えることは、現在のウォール街のみならず金融界には、大きな投機バブルが発生したということだ。そして、バブルは決して緩やかにしぼむことはない。

―― FRBのグリーンスパン議長は、バブルか否かはまだわからないという立場を固持しながらも、株価の上昇による資産効果が、貯蓄率を押し下げ、個人消費を押し上げているとの懸念を示唆しています。議長はいかなるペースで金融政策の引き締めをすべきなのでしょうか。

 ガルブレイス グリーンスパン議長は私の旧友だが、市場にはFRBとグリーンスパン議長についての神話が定着しているように思われる。経済と市場はすべて、FRBとグリーンスパン議長によって管理されているという神話だ。この見方は、知識のない人々には魅力的に感じられるものだが、決して信じてはいけない。つまり、わずかな金利の変更をすれば、株価の調整等の問題はすべてうまく解決するといった単純な考え方だ。現実は、決してそんなに簡単なものではない。

1978年の来日時のガルブレイス教授(左)とキャサリン夫人=1978年(昭和53年)10月撮影
1978年の来日時のガルブレイス教授(左)とキャサリン夫人=1978年(昭和53年)10月撮影

 長期にわたって繁栄し、世界のモデルとまでいわれた日本におけるバブル崩壊の経験を考えると、金融政策の操作のみでその後遺症が解決できるわけではないことがわかるだろう。長期にわたる繁栄は日本の銀行家、企業経営者、政策当事者を精神的な怠惰に陥れ、不況・金融危機という犠牲を払って、やっとその状態から目覚めることができたのだ。日本はいま、私の先生であり友人のシュンペーターが「創造的破壊」と呼んだプロセスを体験しており、経済の再生に向かって無能な銀行家・経営者を排除し、官僚の態度を揺さぶっている。これは米国でも経験したことであり、すべての資本主義で見られる現象だ。

―― 日米の経済学者の中には、日本では、急激な金融引き締めによるバブルの潰し方や、その後の不良債権処理の先延ばしが問題だったと見る人がいます。彼らは、米国は対処の方法がわかっているので、株価の調整があっても、そう深刻にはならないと考えているようです。

ガルブレイス 日本については、経済の自然な成り行きであったと見ている。つまり、一度バブルが発生してしまうと、それが破裂するのを防ぐ方法はないのだ。日本の場合、もちろん銀行の整理統合や不良債権問題の処理が遅れて不況が長引いた。だがバブルをいかに潰したかとか、その後の政策云々ということ以上に、バブルそのものに問題があったのだ。さらに日本政府当局は、銀行・企業を救済し、金融危機で犠牲になった一般人を救わないといった誤った態度を取っている。最近はそういう態度がようやく徐々に是正されつつあるようで、いかに人々の手の中により多くのお金が残り、有効需要が伸びるかという点にも注目が集まっているが、そのペースがゆっくりしすぎているように思う。

 米国についてだが、多くのアメリカ人と話をすると、その中には何人もの、頭が空っぽな楽観主義者を見つけることができる。株価が調整する時には、そういう人々に同情してあげよう。しかし、経済とはそんなに簡単なものではない。もしFRBのわずかな金融引き締めでバブルの調整がすんなりいくのであれば、経済学者は何も一生かかって経済を研究し、一年かかって経済原論を教えなくても、一週間で説明がついてしまい、経済学の教授は廃業してしまうだろう。

日本が犯した真の誤り

――それでは、米国経済・株式市場の今後をどう展望されますか。

ガルブレイス 経済には人間が調整できないことや、自然に調整されることがあり、今後を見る以外に結論は出せない。さらに、景気循環は毎回異なり、それぞれ各国、違った特色を持っている。米国の大恐慌の際には多くの銀行と企業が潰れた。日本ではなるべく潰さないように救済策が取られており、これが一番の違いかもしれない。しかし、より大きな視野で見ると、どの経済にも個人消費と設備投資の両方が必要であるということは共通している。

―― 教授はオーソドックスなケインジアンで、株価の調整後についてはケインズ政策にその対処を期待しているということですね。

ガルブレイス 1929年にバブルがはじけた時に比べると、現在の方が良い条件がいくつかある。一つは、国民の間に、政府が有効需要を押し上げ、不況で苦しんでいる国民の支援をし、積極的な影響を与えるべきであるという合意が出来上がっているということだ。この点が、1930年代の大恐慌との一番大きな違いだ。つまり、今後の米国経済を考えるにせよ、現在の日本経済を考えるにせよ、良い政府は常に資本主義には景気循環がつきものであるということを忘れるべきではない、ということを言いたい。常に事情が変化することを覚悟し、好況の時は減税などで投機的な動きを助長するようなことを慎み、不況の時は有効需要を補っていくことを忘れてはならない。

―― 日本では大型の財政拡大を続けたにもかかわらず、なお腰の強い自律回復に至っていません。過去の財政拡大の結果、財政赤字が巨大化し、長期金利の上昇が懸念されることについてはどうお考えですか。

ガルブレイス いまの日本は、財政赤字や国の債務を心配するような時ではない。日本は、別の間違いを犯していたように思う。つまり、銀行や銀行家、企業の経営者などを責めることを避けたいために、すべて政府や官僚が悪かったという単純な結論を出しがちなことだ。もちろん、政府や官僚がバブルに浮かれて無責任な行動を取ってきたことは、大変残念なことだ。しかし、だれが無責任な投機をし、無責任な貸し出しをしたかを、忘れてはいけない。

―― 日本のエリート集団全体に、バブルの宴に酔っていた責任があるのでしょう。責任がないのは、バブルによる住宅費などの上昇で苦しみ、現在はバブルの後遺症で賃金が上昇せず、雇用不安に苦しんでいる人々だと言えますね。

ガルブレイス ずばりそうだ。全く同感だ。

―― ところで、教授は実務を執っていたころのケインズを知る最後の世代ですね。

 ガルブレイス 私はケインズの著書を熟読した。ケインズは、私がいままでに会った数多くの人々の中で一番賢い人といっても過言ではない。その時々の状況に自分自身を合わせることができるというのが、私が彼から学んだ一番大切なレッスンだ。毎日手にする新聞では、いかにケインズ政策が過去のものになってしまったか、という論調が主流だが、私は、ケインズは好況の時は不人気で、不況のときは再び流行するという循環的存在であると見て、またケインズの価値が評価される時が来るのを信じている。

バブルがなくならない理由

―― もし教授が『バブルの物語』を1990年にではなく、日本のバブルの発生以前に出版していたら、現在の日本は違った状況になっていたのではないでしょうか。

ガルブレイス 私は、そんなに楽観的には考えていない。第一に、大企業の経営者や銀行家によく読書をする人は少ないし、第二に、いても自分の考えの方が正しいという自信を持っている人がほとんどだからだ。人間とは自分自身だけのことを考えていると、何を読んだかなどは忘れてしまうものだ。それが300年の歴史を通してバブルがなくならない理由かもしれない。

―― 最近教授は、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで名誉博士号を受賞された際の記念に、「今世紀のやり残した仕事」という講演をなさいましたが、その意味するものは何でしょうか。

ガルブレイス 第一に、米国のような裕福な国にも、いまだに貧困者が多く、貧富の差がさらに拡大している。いま米国で議論になっている高所得者の減税ではなく、逆に高所得者の税率を引き上げるべきであるというのが私の考えだが、この案は非常に不人気だ。第二に、植民地主義の終焉は大変望ましいが、アフリカなどの国々では独立後、政府が腐敗したり無政府状態になり、有効な政府機能を持たない国が多い。国連を通して、有効で人道的な政府を築くように努力すべきだ。第三に、いまだに核兵器が世界平和と人類の文明への脅威となっている。人々は、核兵器の撲滅に努力すべきであると信じている。

―― 最後に、1930年代の大恐慌の経験は、米国に多くの著名な経済学者を生みました。同様に、バブルとその崩壊の経験は、日本の若年層に経済を学ぼうという意欲を与え、将来立派な経済学者を輩出する契機になるのではないかと願っているのですが。

ガルブレイス その可能性は十分に考えられる。大恐慌のさなか、私はここケンブリッジに住んで、何がなされるべきであり、いかなる政策が取られるべきであるかという議論に没頭していた。当時は米国にとって、つらく悲しい時代だったが、エコノミストにとっては真剣に経済、社会に貢献できる良い機会であったわけだ。よって、今後日本人の中から多くの立派な経済学者が育つことを期待したいと思う。


●John Kenneth Galbraith●

ハーバード大学名誉教授。1908年カナダ生まれ。1920年代からハーバード大学で教鞭をとる。「軍縮問題を考えるエコノミストの会(ECAAR)」理事。故ケネディ大統領の最高ブレーンとしても活躍した。

●ささき Smith みねこ●

米コロンビア大学客員研究員。政治経済学博士。欧米系投資銀行チーフエコノミスト、ハーバード大学客員研究員などを経る。

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