政治経済学で見えた「民主主義のクセ」 評者・土居丈朗
『民主主義の経済学 社会変革のための思考法』
著者 北村周平(大阪大学感染症総合教育研究拠点特任准教授)
日経BP 2640円
権威主義国家が対峙(たいじ)する中、民主主義国家の政治はうまく機能するといえるのか。国の内外で世論を二分する政治課題は多くも、国民の分断を避けつつ、課題を解決する意思決定を行えるかが問われている。そうした政治現象を、今日の経済学はどう見ているか。最近の研究成果まで取り入れながら、それを示しているのが、本書である。
政治現象を経済学的に分析する「政治経済学」では、これまで研究を積み重ねてきた。評者は、経済学徒として歩みを始めた30年ほど前、勃興した新たな潮流を目の当たりにし、その学問的魅力に魅了された。
予算や情報や制度などの制約がある中で、合理的(目的をもってその達成を目指す行動)に意思決定する人々が政治活動を営むと、どのような現象が起きるかを推論する。これが、政治経済学が立脚する理論的基礎である。そして、政治経済学が、現実に起きる政治現象や政策決定のカラクリを解き明かした。
本書は、経済学が持つ明快な論理を使ってさまざまな政治現象のカラクリを解く面白さを、読者に平易に伝えている。本書を読むだけで、「中位投票者の定理」(投票の中央値となる最適点を持つ投票者に最も好まれる選択肢が、多数決の投票においては社会的に選択されるとする定理)といった政治経済学の「古典」から最新の研究動向までが網羅的に理解できる。
近年の政治経済学は、政治学との融合も進んでいる。さらには、ビッグデータが活用できるようになったことで、有権者の属性や選好に関する情報、詳細な投票結果などを用いた計量分析の結果も、本書で紹介されている。著者が得意とする因果推論の手法で、政治現象の原因と結果を考察することも、今日では可能となっている。
例えば、左派政党が選挙に勝って政権を握ると、その後に政府支出の規模が大きくなる、という現象が相関関係ではなく因果関係として本書で紹介されている。他にも、民主主義の発展に伴って政府支出の規模が拡大するという現象が観察されるのだが、そのからくりも本書で明かしている。これは、納税額の多寡にかかわらず選挙権を付与する普通選挙に伴い、大きな政府を志向する低所得者層が有権者の中で多くなることが作用している。また、大統領制よりも議会制(議院内閣制)の国の方が政府支出の規模が大きい傾向にあることにも触れている。
著者が標榜(ひょうぼう)する「民主主義のクセ」を深く理解できる書である。
(土居丈朗・慶応義塾大学教授)
きたむら・しゅうへい 1984年生まれ。ストックホルム大学国際経済研究所Ph.D(経済学)。ロチェスター大学ワリス政治経済研究所ポスドク(博士研究員)などを経て現職。政治経済学、経済発展論が専門。
週刊エコノミスト2022年12月27日・1月3日合併号掲載
『民主主義の経済学 社会変革のための思考法』 政治経済学から見える民主主義国家のカラクリとクセ=評者・土居丈朗