教養・歴史書評

習政権の今を解き明かす絶好の書 側近で固めた“1強”体制の弱点を指摘 評者・近藤伸二

『習近平「一強」体制の行方』

編著者 遊川和郎(亜細亜大学アジア研究所教授) 湯浅健司(日本経済研究センター首席研究員兼中国研究室長)

文眞堂 3520円

 中国で2022年11月末、新型コロナウイルスを封じ込める「ゼロコロナ」政策に抗議して白い紙を掲げる「白紙運動」が発生した。習近平国家主席の退陣や言論の自由を求める主張まで登場する異例の展開となり、政府はコロナ対策緩和に追い込まれた。

 10月の共産党大会で最高指導部を習氏の側近で固め、「1強」体制を築き上げた習政権に何が起きているのか? それを解き明かす絶好のテキストが本書である。

 本書は共産党大会や白紙運動以前に出版されているが、ゼロコロナ政策下の中国について「失業者の増大を食い止められないと、都市封鎖などで溜(た)まった庶民の不満はさらに高まり、社会の安定を危うくすることになりかねない。それこそが、習指導部が最も恐れるリスクである」と核心を突いている。

 盤石に見える「1強」体制については、「社会の中では、政治的な権利や自由、民主化などを求めることによって生じる混乱よりも、安定や経済的な豊かさを享受できる現状の方を良しとする、『消極的な支持』が高い」と分析する。

 であるなら、この均衡が崩れるような局面を迎えれば、雪崩を打って「不支持」に傾くこともあり得るわけだ。習氏は白紙運動でそれを察知し、ぎりぎりのところであわやの事態を回避したのだろうか。

 習氏は2021年から、皆が豊かになる「共同富裕」を強調し始めた。毛沢東を意識したともいわれるが、共産党の支持基盤である中間層の拡大を目指したものでもある。

 だが、抜本的な改革を伴う共同富裕の実現は容易ではない。成長鈍化が続く中、本書は「このタイミングで再分配政策に乗り出すこと自体が政治リスクになりうる」と警告し、「経済的豊かさを享受できなくなった中間層の不満も高まり、矛先が習政権に向けられるかもしれない」と予測する。そうなれば、混乱は白紙運動の比ではあるまい。

 共産党大会で、習氏は後継者を明示する人事を行わなかった。そのことが「最大の試練となると予想されるのが習氏からの権力継承がいつ、どのように行われるか未知数となっていること」という状況を招いている。「注意すべきチャイナ・リスクとは何か。それは、突き詰めれば、『習近平』そのもの」なのである。

 政治的なテーマだけでなく、少子高齢化、金融システム、環境問題など経済的、社会的な課題をバランスよく取り上げており、本書は今の中国を理解する助けになる。

(近藤伸二・ジャーナリスト)


 ゆかわ・かずお 東京外国語大学中国語学科卒業。経済政策、国際関係論、社会学を専門とする。

 ゆあさ・けんじ 早稲田大学政治経済学部経済学科卒業後、日本経済新聞社を経て現職。アジア経済全般が専門。


週刊エコノミスト2023年1月10日号掲載

『習近平「一強」体制の行方』 側近で固めた現体制の弱点を指摘 金融、環境も含め中国の現在を読む=評者・近藤伸二

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