物価高でそろった賃上げ3要素 春闘で2.75%アップか 斎藤太郎
名目賃金が伸び悩むなかで、消費者物価が大きく上昇したため、実質賃金は大幅に下落している。現在は、コロナ禍の行動制限の影響で高水準となっている貯蓄率の引き下げによって、個人消費は堅調を維持している。しかし、貯蓄率が平常時に戻った後は、実質賃金の低下が個人消費の落ち込みに直結するリスクが高まる。
物価高は家計の負担増をもたらす一方、賃上げにとってはまたとない好機ともいえる。かつては、賃金交渉に大きな影響を及ぼしていた物価動向だが、デフレが長く続いたため、近年はほとんど重視されなくなっていた。だが、消費者物価が約40年ぶりの高い伸びとなり、実質賃金の目減りが強く意識されるようになってきたため、2023年の春闘では、物価高が賃金交渉の材料とされるだろう。
1990年代後半以降、長期にわたって賃上げが本格化しなかった一因は、組合側の要求水準が上がらなかったことだ。経営者に積極的な賃上げを求める向きもあるが、そもそも経営者の重要な任務は自社の収益を最大化することである。経営者にとっては、なるべく賃金を上げずに働いてもらうほうが望ましい。賃金を上げなければ従業員が辞めてしまう、労働組合から厳しい賃上げ要求をされる、といった状況になって、やむなく賃上げに踏み切るのだ。
連合傘下組合の賃上げ要求と実績の関係をみると、90年代後半までは4%以上の賃上げ要求に対し、実際の賃上げ率は3%前後となっていた。その後は雇用情勢が厳しさを増す中で、組合が賃上げよりも雇用の確保を優先したこともあり、定期昇給分(ベースアップなし)に相当する1%台後半の要求水準という期間が長く続いた。
26年ぶりの上昇率期待
アベノミクス景気が始まった13年以降、過去最高益を更新する企業が相次ぎ、企業の人手不足感が大きく高まるなど、賃上げを巡る環境は大きく改善した。しかし、賃上げ要求は3%程度、実際の賃上げ率は2%程度にとどまっている。
賃上げ要求水準が上がらない背景には、デフレマインドが払拭(ふっしょく)されていないことがある。デフレ期にはベースアップがなくても物価の下落によって、実質賃金が上昇した。13年の日銀による異次元緩和開始以降、少なくともデフレではなくなり、賃上げがなければ実質賃金が目減りするようになった。だが、デフレマインドが根強く残っており、賃上げの重要性が十分に認識されることはなかった。
賃上げを決める3要素(企業収益、労働需給、物価)が全てそろったことにより、ここにきて賃上げの機運は高まっている。連合は賃上げ要求を前年までの4%から5%に引き上げた。筆者は、23年の春闘賃上げ率は前年から0.55ポイント改善の2.75%となり、97年(2.90%)以来の高さになると予想している。ただし、ベースアップでみれば1%程度にとどまり、引き続き消費者物価の伸びを下回る公算が大きい。中長期的には、ベースアップが物価上昇率を上回ることを目指すべきである。物価安定の目標が2%であることを前提とすれば、賃上げ率はベースアップで2%超、定期昇給込みで4%程度が、一つの目安となるだろう。
(斎藤太郎・ニッセイ基礎研究所経済調査部長)
週刊エコノミスト2023年1月10日号掲載
2023 投資のタネ 春闘 賃上げ3要素がすべて出そろった=斎藤太郎