教養・歴史書評

株式市場全体を左右する新潮流「ユニバーサルオーナー」に注目 評者・平山賢一

『「良い投資」とβアクティビズム MPT現代ポートフォリオ理論を超えて』

著者 ジョン・ルコムニク(ケンブリッジ大学ジャッジ・ビジネススクール客員教授) ジェームズ・P・ホーリー(米セント・メリー・カレッジ名誉教授)

訳者 松岡真宏監訳、月沢李歌子訳

日経BP 3080円

 ESG投資という言葉を聞かない日はないほど、環境・社会・企業統治に着目した投資が注目されている。特に欧州では、グローバルに広がる環境や人権といった社会課題に対する要請が高まっており、産業政策としての環境ビジネスへの対応が進んでいる。この動きは資産運用業界にも浸透し、従来の財務情報に加え、ESG情報を含む非財務情報に基づく投資が着目されているのである。この資産運用の潮流は、従来の投資基準の修正にまで展開しているため、個人投資家といえども安閑としているわけにはいかない。また、本書の訴える内容は、資産所得倍増が叫ばれる本邦読者にも影響するため確認しておく必要がありそうだ。

 その際には、聞きなれない「ユニバーサルオーナー」という言葉に注目してみるとよい。これは、数十兆円、ひょっとすると100兆円を上回る運用資産を抱える基金などの巨大投資家を指し、その規模の大きさから株式市場全体を所有しているに等しいとみなされている。ユニバーサルオーナーは、巨額であるがゆえに、投資先企業を一部に絞ることは難しく、経済社会全体の底上げにより株式市場全体の投資成果の上昇を求めざるを得ない。

 昨今、この投資家の影響は大きくなっており、企業活動そのものが経済社会全体に対する負の影響を低減させていくことへの関心が高まっている(企業→社会環境)。従来の投資では、環境変化などの外部要因が一部の投資先企業に与える財務的影響にさえ着目すればよかったことから考えると(社会環境→企業)、企業投資基準のベクトル(方向性)に大きな変化がみられるといってよいだろう。世界最大級の投資家たちの中では、「ポートフォリオ内の企業の健全性よりも経済の健全性のほうが重要だ」との認識が浸透している。一部の個別企業に集中するのではなく、市場全体の投資成果(株式βという)が改善するように、社会的課題の解決のための行動が始まっているのである。

 著者は、このようなユニバーサルオーナーなどによる行動をβアクティビズムと呼び、企業との対話や議決権行使を通して、社会全体のパフォーマンス向上を図る世界的潮流を明らかにしている。この動きは、株式市場全体の成果やリスクは、投資家が左右できるものではなく、受動的に受け入れるという資産運用の常識(現代ポートフォリオ理論)とは異なる点に注意が必要だ。多くの投資家への影響を示す、重要な位置づけにある書籍といえよう。

(平山賢一・東京海上アセットマネジメントチーフストラテジスト)


 Jon Lukomnik 機関投資家向け戦略コンサルティング会社シンクレア・キャピタルのマネージング・パートナー。

 James P. Hawley パリ大学、モンペリエ大学、マーストリヒト大学などでも客員教授を務める。


週刊エコノミスト2023年1月17日号掲載

『「良い投資」とβアクティビズム MPT現代ポートフォリオ理論を超えて』 評者・平山賢一

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