「リスキリング」の第一人者――後藤宗明さん
有料記事
ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事 後藤宗明/62
昨秋、岸田文雄首相は所信表明演説で「個人のリスキリングの支援に5年で1兆円を投じる」と述べた。リスキリングとは何か? 日本で普及活動に尽力している後藤宗明さんに聞いた。(聞き手=井上志津・ライター)
>>連載「ロングインタビュー情熱人」はこちら
「リスキリングの目的はデジタル化が進む中、失業者が生まれるのを未然に防ぐこと」
── リスキリングとは何ですか。
後藤 「新しいスキルを身につけて、新しい業務や仕事に就くこと」です。リスキリングの目的は、デジタル化が進む中、失業者が生まれるのを未然に防ぐこと。外部環境の変化に合わせて企業を変革し、従業員を新たに必要となる職務に配置転換するのがリスキリングですから、実施の責任は個人ではなく、企業や行政にあります。
── 個人が主体ではないのですね。
後藤 アメリカや香港などデジタル先進国では、すでに国主導で戦略的に実施しています。日本では自主的に好きなことを、個人が夜や週末に自費で眠い目をこすりながら学ぶといったイメージがまだリスキリングにあるので、少々もどかしいです。「学び直し」とよく訳されるのも不正確ですね。
── 新しいスキルを身につけて、新しい業務や仕事に就くとは、具体的にはどんなことでしょう。
後藤 例えば、伝統的な製造業の工場で、ある従業員が機械オペレーターをしていたとします。この業務は自動化の影響で今後需要が減り、消失する可能性が高い。一方、ソーラーパネルの設置業務は需要が高く、伸びる可能性があります。この場合、二つの業務は類似スキルなので、機械オペレーターは今のスキルを元にリスキリングを行い、ソーラーパネルの設置業務に必要なスキルを新たに習得するのです。そうすることで工場内でのスムーズな配置転換や従業員の成長産業への転職が可能になります。
── 何が類似スキルなのかなどを判断するのが、難しそうですね。
後藤 企業は従業員が今どんなスキルを持っていて、将来どんなスキルが必要か、分からなくてはいけません。従業員本人も同じです。デジタル先進国ではそれを見つけるためにAI(人工知能)を利用したりしてスキルを可視化しています。僕が最も実効性が高い取り組みをしていると思うのは、シンガポールです。投資会社の投資先を調査し、今後伸びていく産業や有望なスキルを把握しています。それを元に「これを学んでください」という形で労働者にリスキリングの機会を提供するのです。
未来の技術的失業に衝撃
── 後藤さんがリスキリングを知ったのはいつですか。
後藤 2016年です。デジタル分野の国際会議で「技術的失業を解決するためにはリスキリングが有効」というアイデアが紹介されていました。その2年前に英オックスフォード大学のマイケル・オズボーン教授(当時准教授)らによる「ザ・フューチャー・オブ・エンプロイメント(雇用の未来)」という論文を読んで、技術的失業が起きる未来に衝撃を受けました。コンピューター化が加速し、ロボットやAIが人間の仕事を代替することで、10〜20年後にはアメリカの全雇用の47%が失われるという内容の論文です。リスキリングという言葉を知り、僕は海外のリスキリング事例を調べ始めました。
── なぜリスキリングに興味を持ったのでしょう。
後藤 僕は銀行勤めの後、ニューヨークで起業するなどしてきましたが、初めて43歳の時、日本で転職活動をしました。「雇用の未来」の論文を読んだ14年のことです。それまで銀行でトップの営業成績を収めたり、米国NPO(非営利組織)の日本法人を立ち上げたりしましたが、書類選考だけで100社以上落とされ、1社も内定がもらえない状態が数カ月間続きました。金融、人事、グローバルという僕の経験は「キャリアに一貫性がない」「一つの分野で秀でたものがない」と評されまし…
残り2855文字(全文4455文字)
週刊エコノミスト
週刊エコノミストオンラインは、月額制の有料会員向けサービスです。
有料会員になると、続きをお読みいただけます。
・1989年からの誌面掲載記事検索
・デジタル紙面で直近2カ月分のバックナンバーが読める