EV普及へ日本社会の対話を促す――マティアス・シェーパースさん
アウディ・ジャパン ブランドディレクター マティアス・シェーパース/63
「地球温暖化ガスを排出しない再生エネルギーがないから、電気自動車(EV)への転換は難しい」という「日本の常識」に対し、ビジネスメディアと各地の「再エネの開拓者」を巡るツアーで挑戦している。(聞き手=稲留正英・編集部)
2022年4月から、日本各地の再エネ開発の最前線を巡る「アウディ・サステナブル・フューチャー・ツアー」を開始した。バイオマス発電を手掛ける岡山県真庭市を皮切りに、10月には日本の地熱発電のパイオニアである岩手県八幡平市を訪問した。自動車メーカーが、車のデザインや性能をアピールする本来の役割を超えて、上流の「エネルギー源」にまで踏み込んだ広報活動を行うのは珍しい。
── なぜ、自動車メーカーなのに、こうしたツアーを実施しているのですか。
シェーパース 内燃機関(エンジン)車から電気自動車への転換は、従来の「デザインが良くなって、エンジンがパワーアップした」というレベルの話ではないからです。自動車業界だけでなく、社会、政治にボーダーレスにものすごく大きな「サイズミックシフト(地殻変動)」をもたらす革命です。我々の考え方だけでなく、消費者の考え方、価値観に大きな変化を促します。「地球温暖化を防止する」という観点から政府、自治体も絡んで、エネルギーに対する考え方も変わります。ただ、カッコいいから車を買おうという消費者は徐々に減ってくるでしょう。
こうした中、欧州では5~10年前までは次世代の自動車として、EVが正しいのかどうか、議論がありました。しかし、今では「EVで行く」と結論が出ています。もちろん、EV化に付随するさまざまな課題はありますが、それを、企業や行政が一体となってクリアしていく方向が定まっています。
「『再エネがないからEVは普及しない』は本当か」
ツアー通じ「自分の目で確認」
一方、日本ではその議論の真っ最中です。「再エネが不足している日本でEVを普及させても、地球温暖化ガスの削減にはつながらない」という見方があることも承知しています。しかし、本当にそうなのか。ここは我々自身がしゃべるよりも、「日本には再エネ開発に関わっているパイオニアがたくさんいる」という事実をお見せしたほうが、説得力があるのではないか。それがツアーの趣旨です。
── これまで、岡山県真庭市と岩手県八幡平市でツアーを実施しました。ツアー参加者の反応はどうですか。
シェーパース 昨年4月に訪問した真庭市は、バイオマスをはじめ再エネによるエネルギーの自給率が6割を超えており、市内の1万7000世帯に供給されている。真庭市はこの比率を100%にしようとしている。一番うれしかったのは「こういうのは知らなかった」という記者のリアクションです。私自身も名前を初めて聞くような自治体で、その分野のパイオニアがいることに感動しました。実際、ビジョンを持ち強い指導力を発揮する太田昇・真庭市長からすごくパワーをもらいました。
八幡平市でも、佐々木孝弘市長や地熱発電所の副所長をはじめ関係者の話をうかがい、地熱発電のポテンシャルの大きさを感じると同時に、「地元の温泉事業者との調和」など再エネ普及に向けた課題も知りました。地元大学とのパネルディスカッションでは、再エネの技術開発に懸ける学生たちの熱い思いも聞けました。ツアーを通じ、新しい価値観、考え方、「再エネとEV」を巡るダイアログ(対話)の材料を提供できたのではないかと思います。
── 両方のツアーの現地での移動はアウディの最新EVを用いました。
シェーパース エンジン音が出ないEVは退屈ではなく、逆にすごくエキサイティングな乗り物だと、メディアに知ってもらうためでした。アウディの「エモーショナル(感情に訴える)」な乗り味を実感いただけたのでは。八幡平市では、引退した競走馬を飼育する牧場を訪れましたが、エンジン音がせず、排ガスも出ないので、動物たちにも優しい。
── アウディでは、26年以降、エンジン車の新車は発売しないと発表しています。
シェーパース 21年8月に発表したアウディ本社の経営戦略「Vorsprung 2030」では、26年以降に発売する新車は全てEVにし、33年にはエンジン車の製造を中止することを表明しました。50年には、サプライチェーンも含めた二酸化炭素(CO₂)の排出量を正味ゼロ(カーボンニュートラル)にすることを目指しています。アウディは120年近く車を作っている会社ですが、CO₂の削減に貢献しないと自動車市場そのものがなくなってしまうという危機感があります。我々は自動車の未来を信じていますし、その結論がEVなんです。
── 自動車のEV化に伴い、米テスラや韓国ヒョンデでは、ディーラーを置かず、メーカー直販方式を日本で採用しました。
シェーパース 欧州では「エージェンシーモデル」といって、ディーラーは自ら在庫を持たず、鍵だけを顧客に渡し、メーカーから紹介料を受け取る方式が盛んに議論されています。エンジンを持たず消耗部品が少ないEVは修理などアフターセールスの面でも、従来のビジネスモデルと変わってきます。しかし、アウディは日本ではディーラーと一緒にビジネスをしていきます。顧客とメーカーをつなぐ接点であることは変わらないからです。
その際に中心的な存在となるのが、急速充電ネットワークです。EVの購入に当たっては、「自宅のマンションに充電設備がない」ことなどがハードルになっているためです。日本の標準的な急速充電規格「チャデモ」は、50キロワット時の出力のものが多く、100キロ走行できる電気を充電するのに、約20分かかります。これが、150キロワット時なら6.5分で済みます。この150キロワット時の急速充電器をアウディの国内52拠点に昨年末までに導入しました。同じVWグループのポルシェの58拠点と合わせ計110拠点で利用できます。
── シェーパースさん自身も日本との関わりが深いようですが。
シェーパース 1975年に東京で生まれました。父がドイツ人で日本の大学で教授をしていました。母は日本人です。日本で高校を卒業し、19歳の時にドイツに行きました。ドイツには大学に入る前に、学校に行きながら企業の仕事をして資格を取る「デュアルシステム」という制度があります。それで、現地の専門学校に週2日通い、週3日は日産自動車の現地法人で働きながら、卸売りセールスマンの資格を取りました。その時に、トヨタ自動車とソニーの面接も受け、合格したのですが、日産だけが、社員リースで小型車の「パルサー」に乗ることができました。そこで、日産に入りました。
日産時代には、東京モーターショーの通訳もしたのですが、その時に、アウディのスポーツカー「TTクーペ」を見て、「こんな車を作る会社に入りたいな」と思いました。そして、日本とオランダの大学で経営を学んでから、02年にアウディに入りました。日産のおかげで車が好きになり、ブランドにも興味を持ったので、日産には本当に感謝しています。
「台湾に比べEVの議論が進んでいない日本に危機感を持ちました」
── そもそも今回のツアーのアイデアはどこから?
シェーパース 18年9月から3年間、アウディ・フォルクスワーゲン台湾の社長を務めましたが、その時です。台湾はテスラのサプライヤー(部品供給会社)が多く、テスラのビジネス拡大を反映して、急速に大きくなっていました。国民の間でEVへの転換が当たり前のように議論され、EVをビジネスチャンスにしようという機運が高い。その時に、台湾の大学教授とタイアップし、現地のビジネスリーダーを対象にEVに関するセミナーを実施しました。
21年9月、4年ぶりに日本に赴任しましたが、台湾に比べEVに関する議論があまり進んでいないことに危機感を抱きました。「EVはまだまだだね」という雰囲気、情報が本国に伝わっており、日本はEVの商品開発で考慮されないくらいになっていました。
そこで、台湾での経験を基に、日本でビジネスメディアを通じた対話をしようと考えました。21年10月、アウディ・ジャパンに広報、セールス、マーケティング、アフターサービスなどのメンバーからなるEVに関するクロスファンクショナルチーム「e-tronX」を立ち上げ、社内で議論を重ね、ツアーを企画しました。
── 日本では昨年末、戦略EV「Q4 e-tron」の販売を本格化しました。今後もEVと再エネを巡る「対話」を日本で続けますか。
シェーパース 我々メーカーやディーラーも含めて、自動車業界は変わらないといけないというメッセージは伝わったと思います。「再エネがないから、日本でEVは普及しない」という懸念を払拭(ふっしょく)したとまでは言いませんが、対話の口火は切ることはできたと思います。
この対話は、今年も継続的に続けて、EVに関する日本社会の考え方を変えられることを楽しみにしています。サステナブル(持続可能)なモビリティーを求める人たちは今後も増えていくでしょうから、その文脈の中で、当社のブランドが確立されることを期待しています。
●プロフィール●
Matthias Schepers
1975年東京生まれ、2001年国際基督教大学(ICU)卒業、蘭NIMBAS経営大学で経営学修士(MBA)、02年に独アウディ入社。アウディ・ジャパン販売社長、アウディ・フォルクスワーゲン台湾社長などを歴任し、22年からフォルクスワーゲングループジャパン社長兼アウディ・ジャパンブランドディレクターを務める。
週刊エコノミスト2023年1月31日号掲載
EVの普及へ日本社会の対話を促す マティアス・シェーパース アウディ・ジャパン ブランドディレクター/63