教養・歴史ロングインタビュー情熱人

『芭蕉百句』で集大成――嵐山光三郎さん

「自分が偉そうに何か手本を示そうとかいう気は全然ないですね。私は私で生きていくから、ということです」 撮影=中村琢磨
「自分が偉そうに何か手本を示そうとかいう気は全然ないですね。私は私で生きていくから、ということです」 撮影=中村琢磨

作家、エッセイスト 嵐山光三郎/64

 幕府の諜報活動も兼ねていたという「おくのほそ道」を見て歩き、独自の切り口から俳聖・芭蕉の研究成果を世に送り出す。80歳を超えた今も軽妙なエッセーは健在で、理想的な「老い」を求め続けている。(聞き手=大宮知信・ジャーナリスト)

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── 昨年9月に刊行した『超訳 芭蕉百句』(ちくま新書)では、芭蕉の代表的な100句をよりすぐって紹介し、嵐山さん自身が実際に句の舞台を歩いてみたうえで、句に込められた意味を解説しています。例えば、「おくのほそ道」の中で、山形県の立石寺で詠まれた「閑(しづか)さや岩にしみ入(いる)蝉(せみ)の聲(こえ)」という有名な句は、どういう意味なのでしょうか。

嵐山 芭蕉はセミに主君・藤堂良忠の声を聞いたんです。芭蕉が23歳の時、良忠は25歳の若さで死にました。(芭蕉の出身地)伊賀上野の殿様で、2人はゲイ、つまり衆道(しゅどう)(男色の道)の関係です。良忠は蝉吟(せんぎん)と号し、芭蕉に句を教えてくれた恩人でもありました。セミというのは、自分に俳句を教えてくれた若殿蝉吟のことなんです。旅先で句を詠みながら、蝉吟への追悼の思いを重ねているわけです。それは、私が「おくのほそ道」の旅を追体験している時に気が付いたことです。

── 「おくのほそ道」の紀行は、実は幕府の隠密活動だったとも指摘しています。

嵐山 芭蕉に同行した河合曾良(そら)はスパイですからね。諜報(ちょうほう)官です。殿様の欠点を調査して、殿様がゲイだとか酒飲みだとか、殿様をつぶしたり取り締まったりするための資料を作っていたんです。芭蕉の旅というのは、つまり裏公務ですね。一番重要な任務は、仙台藩の動向を調べることでした。幕府にとって(当時はすでに没していた仙台藩主)伊達政宗が一番怖かったからです。福島までは関東だから安全だけど、仙台藩領に一歩入ったら殺されてもしょうがないわけですよ。それを調べるのが公の仕事です。

── いろいろな俳人や学者が芭蕉について語っていますが、「おくのほそ道」は諜報活動を兼ねていたとか、芭蕉は衆道だったという視点で語っている人は、嵐山さんぐらいじゃないですか。

嵐山 それはね、学者がみんな芭蕉を神格化して、神様になっちゃったからです。それを衆道とかゲイだとかスパイだとか、そんなことを言う嵐山はとんでもないやつなんですよ。だけど、ゲイは江戸時代には当たり前のことで、当時の殿様はみんなそうだったんです。幕府そのものがみんな衆道で、(三代将軍・徳川)家光だって子どもが生まれないし、(五代将軍)綱吉もそう。だから、衆道というのはすごく大事なキーワードなんですよ。

「古池」は「泥沼」だった

 泉鏡花文学賞と読売文学賞をダブル受賞した『悪党芭蕉』(2006年、新潮社)では、ならず者と遊び人が集った蕉門や美男の弟子との衆道関係などを描き、『芭蕉紀行』(04年、新潮文庫、『芭蕉の誘惑』を改題)では「おくのほそ道」だけでなく「野ざらし紀行」「笈(おい)の小文(こぶみ)」などの足跡もたどったりと、芭蕉をテーマに数々の著作を送り出してきた嵐山さん。よりすぐった100句の舞台をすべて訪ね歩いたという今回の『超訳 芭蕉百句』を「集大成」と位置付ける。

── 芭蕉は体力があったようで、鉄人的な健脚を誇ったといわれます。芭蕉を理解するにはやっぱり実際に歩いてみないとダメなんですね。

嵐山 すごい健脚ですよ。だから「曾良日記」によると、午前10時に一関(岩手県)を出発して平泉(同)へ行き、現地滞在2時間ぐらいで「夏草や兵(つわもの)どもが夢の跡」という句を詠んで、それから中尊寺で「五月雨(さみだれ)の降(ふり)のこしてや光堂」を詠み、「藤原三代の栄耀がほんの一眠りの夢のようにはかなく、秀衡(ひでひら)の屋敷の跡がただの…

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