「魅力的な人」を切り口に撮る――金聖雄さん
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映画監督 金聖雄/65
1967年に茨城県で起きた強盗殺人事件「布川事件」で再審無罪となった桜井昌治さん(76)の半生を追う最新ドキュメンタリー映画「オレの記念日」が22年10月、東京のポレポレ東中野で封切られ、全国各地のシネマで上映中だ。(聞き手=荒木涼子・編集部)
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── 冤罪(えんざい)被害を、主人公桜井さんの獄中も含めた人生を追う切り口で取り上げています。
金 最初は「狭山事件」という別の強盗殺人事件で罪に問われた石川一雄さん=無実を訴え続け、第3次再審請求中=のドキュメンタリー映画「SAYAMA みえない手錠をはずすまで」(2013年)を作っていたんです。そこで桜井さんに出会い、「この人、なんだろう、なんで(捕まったことが)幸せって言えるのだろう」って、冤罪被害者に対する先入観が覆されました。僕らにとって冤罪被害って遠いじゃないですか。桜井さんを通してならもっと違う伝え方ができ、自分事としても捉えてもらえるのではと思ったんです。
── 映画中の、桜井さんが29年間の獄中生活で書いた詩はものすごく胸にしみます。
金 獄中の極限状態、研ぎ澄まされた感覚で書かれた詩は、すごく力があります。僕は報道記者でも、ジャーナリストでもない。ニュースでやることと同じことを描いてもしょうがない。人としての側面というか、撮影の対象者から垣間見える、強さとか優しさこそ、映画にする意義があると思っています。
特に冤罪を報道として取り上げると、どうしても事件や裁判の行方を追うのがニュースの中心になってしまう。冤罪被害って、普通に考えたら絶望的な話じゃないですか。でも、そういう経験をしながらも、桜井さんには輝いている部分があり、引き込まれました。
「肌感を大事に、作り手の揺れも落とし込む」
── あくまで「輝く人」を撮っていると。
金 映画監督になるまで、ドキュメンタリー映画・番組の助手や助監督から、テレビのバラエティー、CMや企業PR、人権啓発ビデオ製作など、映像に関するさまざまな仕事をやってきました。今まで出会った人が数珠つなぎとなり、これまでの作品があります。冤罪問題を使命感を持って撮るというより、対象者を通じた肌感覚を大事にしたいですね。
金さんは在日コリアンが多く住む大阪・鶴橋に6人兄弟の末っ子として生まれ、1960~80年代を過ごした。大学卒業後、映画監督をしていた地元の先輩の影響で、映画製作に触れる機会があった。80年代の在日コリアンを中心とした指紋押捺(おうなつ)拒否運動を追った記録映画「指紋押捺拒否」や「在日」などを手がけた故呉徳洙(オドクス)監督の大阪ロケの手伝いをする機会もあり、呉監督は後に師匠の一人にもなるが、当時は映画製作を「ちょっといいなあと思っても、遠い世界」と思っていたという。上京後は、倉庫での仕分け作業など、幅広いアルバイトをする傍ら、次第に映像製作の仕事にも携わるようになっていく。
── 監督を意識するようになったのは。
金 尊敬する監督の門をたたいて、使命感で、とかじゃないんです(笑)。私が育った地域の80年代は「在日としてどう生きるか」が探られていました。例えば在日コリアンによるコリアンのお祭りが生まれ、指紋押捺拒否運動も盛んでした。誰が言ったとかではありませんが、民族の楽器や太鼓で踊り、韓国語を話せて「これぞ正しい在日だ」という雰囲気がありました。実は私は、当時キムチが食べられなかったんです。でもその頃はカミングアウトができなくて。
そして、「在日だから」という理由で民族に直結したことをやらねばならないということに違和感もありました。(日本社会で)理不尽なことを直接受けたというより、制度面でモヤモヤとした気持ちなどはもちろんありました。それでも、そのモヤモヤを、自分で踊って表現する、とかではないな…
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週刊エコノミスト
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