教養・歴史書評

戦争や天災も利用してきた商社の光と闇を映し出す大著 評者・藤好陽太郎

『THE WORLD FOR SALE 世界を動かすコモディティー・ビジネスの興亡』

著者 ハビアー・ブラス(ブルームバーグ、オピニオン・コラムニスト) ジャック・ファーキー(ブルームバーグ・ニュース、エネルギー・コモディティー担当シニア記者) 訳者 松本剛史

日経BP 3080円

 原油や金属、穀物などを売買する欧米のコモディティー(商品先物取引)商社は、徹底した秘密主義で、長くベールに覆われてきた。商社は、戦争による荒廃や干ばつさえ利用し、利益を極大化してきた。本書は黎明(れいめい)期から現代に至る、商社の光と闇を映し出した名著である。

 評者が新聞社のロンドン勤務時代、日本の最大手商社の欧州代表は「日本の商社は、世界の商社や銀行の情報網の末端にいる」と語った。真の情報は容易に手に入らないという意味だ。対照的に欧米商社のトレーダー(取引仲介者)は分厚い取引先名簿を武器に旧ソ連や中東、アフリカなどを飛び回り、情報の真贋(しんがん)と需給のトレンドを見極め、買いや売りを仕掛けてきた。1981年に世界銀行のエコノミストが「『新興市場(エマージング・マーケット)』という言葉を造語したが、コモディティー商社は(中略)誰よりも先に発見していた」のである。

 例えば、後のスイス石油商社ビトルを創業したイアン・テイラーは、キューバのフィデル・カストロや中東オマーンのスルタンらと親密な関係を構築。石油取引と国家運営を成り立たせた。テイラーは英首相の晩さん会にも出席している。

 中東諸国が油田の国有化などを行うと、欧米の国際石油資本は次第に支配力を失う。代わりに主役に躍り出たのが商社とトレーダーである。

 トレーダーは、旧ソ連に食い込み、崩壊後の無法地帯にも進出した。巨利は危険な場所に潜む。アルミニウム取引で、現スイス資源大手グレンコアのトレーダーが会う予定だった人物は「ホテルの部屋で首吊り死体となって発見」される。金属取引だけで死者は数十人に上り、ロシアの報道機関は「『大祖国アルミニウム戦争』と称した」ほどだ。

 商社は独裁者らと親密になり、賄賂や脱税にも手を染めた。利益が巨大化すると上場を迫られ、ベールははがされつつある。グレンコアは2011年に上場し、10人余のパートナーが保有する株式の評価額が約4兆円に上ることが明かされた。米当局の捜査を受け、22年5月に贈賄や価格操作で罰金支払いに同意した。

 取引には透明性が求められ、従来のゲームは通用しづらくなったが、それでも商社は世界の原油の3分の1、穀物の半分の取引を担っている。22年上期も穀物価格などの上昇で、多くの商社が過去最高益を記録した。世界の危機は、商社にとってはチャンスと言える。世界は再びガバナンス(統治)の利かない闇に沈みかねない瀬戸際にある。物語は終わらない。

(藤好陽太郎・追手門学院大学教授)


 Javier Blas 『フィナンシャル・タイムズ』紙コモディティーズ・エディターを経て現職。

 Jack Farchy 『フィナンシャル・タイムズ』紙コモディティー担当記者を経て現職。


週刊エコノミスト2023年1月24日号掲載

『THE WORLD FOR SALE 世界を動かすコモディティー・ビジネスの興亡』 評者・藤好陽太郎

戦争や干ばつも利用する商社 光と闇を映し出した大著

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