「紛争鉱物」で学ぶ、環境問題対応と社会問題対応が一致しないワケ 影浦亮平
レアメタルの中でも3TG(スズ、タンタル、タングステン、金)は、米国のドッド・フランク法1502条が「紛争鉱物」(conflict minerals)として定義している。2010年に成立した同法1502条は、紛争鉱物の取引規制を法制化したものである。これらの取引に規制をかけるのは、主要産出国がコンゴ民主共和国及びその周辺国家であるという背景がある。
奴隷労働が常態化するコンゴ民主共和国
コンゴ民主共和国では、政府系・非政府系問わず武装グループが紛争を起こし続けており、数多くの国内難民を生み出していると同時に、武装グループが管理している鉱山は奴隷労働が常態化し、深刻な人権侵害の状況に陥っている。3TGはそうした鉱山から採掘された可能性がある。
タンタルはスマートフォン(スマホ)やコンピューターに使用されるコンデンサーに使われるのをはじめ、3TGは工業製品によく用いられている。その一方、企業が3TGを武装グループが支配する鉱山から買い取ったとすれば、その企業は武装グループを支援し、人権侵害を助長し、紛争を長引かせることに手を貸してしまっていることになる。
問題解決に効果薄い不買
問題解決のためのビジネス側からのアプローチとしてまず考えられるのは、不買であろう。不買の行動は法制面からなされたこともある。同国では、紛争鉱物の取引の撲滅を狙って、ジョゼフ・カビラ大統領が10年9月に主要採掘地域であるコンゴ東部地区の採掘禁止措置を取った。しかし、この措置は11年3月に解除された。狙った効果が得られなかったからだ。同地域の経済状況の悪化とともに、武装グループの鉱山支配が逆に強まる結果となってしまったのである。
こうした事態を受けて、「人権デューデリジェンス(企業が人権リスクを調査・特定して対処する取り組み)」の一連の流れが生まれることになる。このアプローチの考え方は、不買ではなく、調達の仕方を変えるということである。つまり、紛争鉱物に指定されている鉱物を買い続けるものの、人権侵害がなされた形で採掘された鉱物は購入しないようにするということである。
現地にとっては、人権侵害をしていない形で採掘された鉱物であれば販売することができるため、鉱物を売るために積極的に人権侵害を是正していこうとするはずである。つまり、ビジネスの力を社会問題解決のためにうまく活用するというのが、人権デューデリジェンスの狙いである。児童労働者を用いないことを条件に、カカオ豆を買い取るというフェアトレードと、基本的な発想は同じである。10年代は、このような条件付き購入のアプローチが各方面のビジネス界で定着し始めた時期と見ても良いのかもしれない。
循環型経済の進展でも変わらない
しかしながら、このような状況が変化するかもしれないとの予測につながるのが、サーキュラーエコノミー(循環型経済)の進展である。廃棄物を発生させないように、リサイクルや再利用を活用して、廃棄物を資源として循環させていく仕組みを作っていこうとするものである。
具体的な事例としては、欧州委員会が発端となって世界的なトレンドとなりつつある「修理する権利」がある。例えばスマホを例にとると、一つのスマホを長く使い続けるため、個人でもスマホを修理可能なようにパーツ交換がしやすい設計にすることを求める政治的な動きがグローバルに活発化している。米アップル社をはじめ大手スマホメーカーは、既にそれに対応した製品を発表し始めている。なお、今のところ日本では電波法が存在し、スマホを自分で修理するのは違法行為である。ガラスが割れたままのスマホを日本で見ることが多いのはそのためであろう。
資源のリサイクル・再利用を続けることで製品寿命を延ばし続けることができるのであれば、それだけ新たに採掘する資源は減らすことができる。スマホであれば、新たに3TGに含まれるタンタルを同国から調達する必要がなくなるのである。
しかし、それは人権状況の改善には役立たなかった「不買」のアプローチに戻ることと実は同義である。サーキュラーエコノミーが定着すれば、一つの側面として人権デューデリジェンスが適用される場面が少なくなり、さらには人権問題の改善のためにビジネスの力を活用することが難しくなるということになる。環境問題対応が必ずしも社会問題対応と一致するわけではないということを示す一例であろう。
影浦亮平(かげうら・りょうへい)
千葉商科大学基盤教育機構准教授。1981年愛媛県生まれ。京都大学総合人間学部卒業後、ストラスブール大学(フランス)で修士課程、博士課程を修了。博士(哲学)。稲盛財団、京都外国語大学、クエンカ大学(エクアドル)等を経て、21年から現職。専門は哲学・倫理学で、理論・応用両面の研究を進めている。昨今は、SDGsやビジネス領域への研究関心を深めている。