アメリカ最新「仕事」事情㊦ 転職で「給与」とおなじくらい重視されるもの 中岡望
アメリカ最新「仕事」事情。前編では、働く人の「幸せ」について見てきた。後編ではアメリカの転職事情について見ていこう。
アメリカ人の転職を後押しする「確定拠出型年金」
アメリカは「転職社会」である。転職専門のサイト『ZIPPIA』は転職に関する統計を紹介している(2022年9月15日、「21 Crucial Career Change Statistics: How often Do People Change Jobs?」)。記事によれば、アメリカ人は生涯のうち平均で12回、転職している。ひとつの企業での平均勤続年数は4.1年と短く、従業員の65%は常に次の職を探している。転職する平均年齢は39歳。会社で働く総時間は9万時間で、人生の3分の1を企業で過ごしている。
転職について考える前にまず、日米の制度の違いを指摘しておくべきだろう。それは企業年金制度の違いだ。若い頃は年金などあまり考えたりしないものだ。だが年金があるとないとでは老後の生活の質は大きく違ってくる。アメリカ企業の年金制度は「確定拠出型年金」で、転職しても新しい会社に持っていけるポータブル型の「401(k)」と呼ばれるものだ。転職しても企業年金を新しい会社にもっていける。日本でも「401(k)」制度を導入する企業は増えているが、まだ全体から言えば少数で、「確定給付型年金」が主流である。アメリカでは1990年代に「401(k)」が主流派になっている。こうした制度によってアメリカでは転職に対する抵抗感が薄いといえる。
転職しないと給料が上がらない
『ZIPPIA』 の調査で、世代別の転職意欲を見ていこう。転職を検討しているのは18歳から39歳の世代では30%、40歳から49歳では21%、50歳以上では12%。高年齢になればなるほど転職は難しくなり、転職を考えている割合も減っている。18歳から24歳の若者は平均で5.7回、転職を経験している。25歳から34歳では2.4回、35歳から2.9回、45歳から52歳では1.9回、転職した経験がある。
アメリカでは転職が給料を引き上げる最も有効な手段となっている。記事では「同じ会社に長く勤めている人の給料は新規に採用された人の給料よりも低い」と指摘している。アメリカの企業では給料は年功序列的に上昇しない。より良い給料を得る最短かつ最善の道が転職なのである。
単純にある会社から他の会社へと転職するケースもあるが、いったん労働市場から抜け出て大学院に進学し、修士号を取ってから再就職(転職)するケースも多い。筆者がアメリカの大学で教えているとき、休職して昼間の授業を受講している学生も多かった。彼らに理由を聞くと、「会社で管理職になるには修士号が必要だ」という答えが返ってきた。アメリカは学歴社会であり、高学歴は高収入を得る手段でもある。
44%の人は具体的な転職計画を持っている。転職を考えているのは年収5万ドルから7万5000ドルの中所得層が最も多い。他方、転職を躊躇する人々は、理由として「金銭的理由(十分な蓄えを持っていないことなど)」と「将来の不確実性」、「スキルの欠如」、そして「高齢」を上げている。40%は「どんな分野に進むべきか確信が持てないこと」、37%は「適切な教育や訓練を受けていないこと」、31%は「年齢的に高齢すぎること」を上げている。
ギャロップ調査から見る「6つの転職の理由」
さて、転職活動で大事なのは、「何を求めて転職するのか」である。ギャロップは人々の転職の動機に関する調査をしている(2022年2月21日、「The Top 6 Things Employees Want in Their New Jobs」)。
調査報告では「給料は、新しい職の提案を受け入れる最も重要な要因のひとつである」と指摘し、調査結果について「私たちが驚いたのは、『給料と諸給付(pay and benefits)の重要性が高まっていることである」と指摘している。
2015年以降、「給与と諸手当」は従業員の41%が重要な要素と答えており、重要度では4位であったが、最近の調査では従業員の「64%が非常に重要である」と答え、重要度で1位になっている。調査ではこの変化について、コロナ禍の中で企業の人材獲得競争が激化し、給与水準が上昇し、高い給与を得やするなっている事情を反映しているからだと説明している。
給与と諸手当に続いて重要だとされたのは、「ワーク・ライフ・バランス(work-life balance))」と「福祉(well-being)」である。2015年の調査では、この2つが「非常に重要な要素」であると答えた比率は53%であったが、今回の調査では61%に増えている。
重要度で「給与」が64%だったのに対し、「ワーク・ライフ・バランス」は61%で、拮抗している。仕事と私生活のバランスを重視する傾向が強くなっているということだ。長い間、職場では「燃え尽き症候群(burnout)」や「加重な労働による疲弊(overwhelmed)」、「ストレスによる精神的障害(stress out)」は無視されてきた。だが、最近のリモート・ワークの広がりにより、弾力的に働ける選択肢の重要性が高まってきているのだろう。生活を犠牲にしてまでも仕事を続ける意識が低下してきている。
3番目は、「自分の能力を最大限活用できるかどかが転職を決める重要な要因である」という回答で、58%であった。同時に「仕事が楽しめるかどうか」、「仕事が刺激的であるかどうか」、「もっと仕事をしたいと思うかどうか」も転職を決める重要な要因になっている。自分の能力を発揮できない従業員の多くは転職の機会を探している。同調査は「企業はどんな仕事が従業員をエキサイトさせるのか理解すべきである」と指摘している。同時に、会社は「ルーティーン・ワークがどう受け止められているのか」、「社員は誰と仕事をしたがっているのか」、「どんな仕事をしたがっているのか」を理解する必要があると指摘している。
4番目に重要とされたのは、「より大きな安定と雇用の保障(greater stability and job security)」である。これは、将来の企業、産業、専門性に関する問題である。要するに、単に給与や働き方に留まらず、将来の予想が重要であることを意味している。
5番目は、日本人の意識から理解しがたいものであるが、その企業が「コロナワクチンの接種を強制するかどうか」である。ワクチン接種問題はアメリカでは政治信条にもつながる問題であり、日本とは比較にならない。ただ、これは特殊な状況であり、常に問題になるわけではない。
6番目は、「企業の多様性(diversity)が進んでいるかどうか」である。42%の回答者は、「企業の多様性」が転職の重要な要因であると答えている。多くの人は、人種的、性的な多様性を認めていない企業では働きたくないと考えている。調査では、企業の採用担当者は「多様性(diversity)、平等(equality)、包括性(inclusion)が会社の優先事項になっているか」という問いに答える準備をしなければならない、と採用担当者にアドバイスしている。ある意味で、アメリカ人の労働意識は極めて先進的といえる。
この調査では、結論として、「給与は最大の関心事であるが、転職者は『給与』対『他の要因』という対比で考えているわけではない。給与は発展、成長、報酬、承認と自然に組み合わされている」と指摘している。
職場で大事なことは「親友」を作ること
もうひとつ、ギャロップ社の興味深い調査を紹介する。「職場での人間関係の重要性」を示した調査だ(2022年8月17日、「The Increasing Importance of a Best Friend at Work」)。この調査は「人々は本能的に職場や生活の場で緊密で信用できる関係を求めている。職場で『親友(best friend)』がいることは、従業員の豊かな経験やコミュニケーション、(企業に対する)コミットメント、その他の成果に寄与している。コロナ禍以降、職場で親友を得ることはより重要になっている」と指摘している。
さらに「従業員は、社会的、感情的な支援を親友から得ることは現在の困難な状況を克服する上で極めて重要であると理解している」と、職場での人間関係の重要性を指摘。職場での人間関係は企業業績にも影響すると分析している。「職場で親友がいることは、(企業の)収益性、安全性、在庫管理などを含む企業業績と緊密に結びついている」としている。
職場で親友を作る環境を整備している企業は、成功を収めているとも述べている。調査では、企業に親友を育てる環境を整備するために「職場での従業員の親友に焦点を当てる会合を毎週開催する」ことを奨励している。こうした会合を通して「従業員同士を結びつけ、この職場では励まし合える親友を得ることができる、という一貫したメッセージを送ることができる」としている。アメリカのビジネス社会は“ドライ”だと思われているが、実はいま、親友を作れるような職場環境を作ることの重要性が強調されているのである。
転職を考える前に…「今の職場」を幸福にするための12の質問
さて、アメリカほどではないが、日本でも転職するのが普通になりつつある。ただ転職は、常に成功する訳ではない。上で指摘したように、お金の問題は転職に際して最も重要な要素のひとつであるが、決してそれだけではない。「親友」を作れるような職場環境、「自由」で「平等」な職場環境も、人生を豊かにするうえで重要である。
『ワシントン・ポスト』紙は、職場でより幸せになるために自らに問うべき12の質問という興味深い記事を掲載している(2022年9月15日、「12 questions to measure your workplace happier」)。転職する前に、職場をより「幸せな場所」にするために何をすべきかを考えるヒントを与えてくれている。
さて「イエス」の数は幾つあっただろうか。おそらく「イエス」の数が多いほど、職場での“充足感”が高いことを意味する。記事の筆者は「もし『イエス』の数が少ないなら、職場で自分の状況を改善するために相談できる相手がいますか」と問いかけている。多くの人は会社からの「承認」を求めているといえる。単にお金のために働くのではなく、「一人の人間として認められるような仕事」がしたいのである。
中岡 望(なかおか のぞむ)
1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。ハーバード大学ケネディ政治大学院客員研究員、ワシントン大学(セントルイス)客員教授、東洋英和女学院大教授、同副学長などを歴任。著書は『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など