福祉国家建設に向け、経済学者が築いたスウェーデン経済学を詳述 評者・服部茂幸
『社会をつくった経済学者たち スウェーデン・モデルの構想から展開へ』
著者 藤田菜々子(名古屋市立大学大学院教授)
名古屋大学出版会 6930円
福祉国家建設に向け経済学者が果たした役割を詳述
本書はストックホルム学派の学説史であり、スウェーデンの福祉国家建設のために経済学者が果たした役割を明らかにする経済政策史でもある。
ストックホルム学派の中心をなすのがヴィクセルである。彼は投資と貯蓄を均衡させる自然利子率よりも市場利子率が低い時、インフレが累積的に進行すると論じた(高い時には累積的にデフレが進行する)。1920年代には、ハイエクとケインズなど相反するようにみえる経済学者も、広い意味ではヴィクセル的なフレームワークで動学的な貨幣理論を展開した。現在の主流の金融政策も、物価(上昇率)を均衡させる中位利子率よりも金利が低ければインフレが累積的に進行すると考えている点で、ヴィクセル的である。
しかし、ケインズの『一般理論』によって、ストックホルム学派の貨幣理論は解体する。本書はその理由として、スウェーデン語で書かれていたことなどの特殊事情も挙げる。しかし、ハイエクの貨幣理論も、英国におけるヴィクセル的な貨幣理論も同じく消滅したのであり、動学理論が無駄に複雑だったことが根本的な理由だと評者は考える。
1932年に社会民主党が政権を取り、新しい財政政策を実施する。これはケインズ以前のケインズ政策ともいわれる。これを支えたのがミュルダールである。50年代にはレーン=メイドナー・モデルがつくられる。これは集権的な労使交渉の下で同一労働・同一賃金を実現する。賃金引き上げに応じられない企業から解雇された労働者は、政府の積極的労働市場政策によって、高生産性部門への雇用を実現するというものである。福祉国家をつくり出したのは経済学者だったともいえる。
しかし、世界的には貿易理論で有名なオリーンは自由党の党首として、過大な国家の介入を批判した。オリーンは社民党に打ち勝つことはできなかったが、その人気は無視できなかった。政権を維持するために社民党が歩み寄るという形で、彼は福祉国家の建設にも大きな影響を与えることとなった。
本書は社会民主主義の力が強いように見えるスウェーデンには自由主義の伝統も強いことを強調する。実際、スウェーデンだけでなく、北欧諸国は個人主義的な国だろう。これは一見すると矛盾のように見えるが、人間は生存が脅かされている状況では、「長いものに巻かれる」ものである。だから、個人主義と自由を支えるのは福祉国家だと評者は信じている。
(服部茂幸・同志社大学教授)
ふじた・ななこ 1977年生まれ。名古屋大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。現在、名古屋市立大学大学院経済学研究科教授。著書に『福祉世界 福祉国家は越えられるか』などがある。
週刊エコノミスト2023年2月7日号掲載
『社会をつくった経済学者たち スウェーデン・モデルの構想から展開へ』 評者・服部茂幸