本の未来を問うハイブリッド型文学全集『小学館世界J文学館』登場 永江朗
『小学館世界J文学館』は小学館の創立100周年企画のひとつ。Jは児童、ジュニア、次世代のJ。若い世代向けの文学全集である。
かつて文学全集といえば、数十巻に及ぶものが多かった。たとえば1959年に刊行を開始した講談社の『少年少女世界文学全集』は全50巻。筆者が子供のころ親にねだって買ってもらった学研の『少年少女世界文学全集』(68年刊行開始)は全24巻だった。まるで巻数の多さを誇るようだった。ところが『世界J文学館』はたった1冊だけ。
この1冊の本(全268ページ)の内容は125冊分の本の解説。色鮮やかな各ページは、小学館お得意の子供向け図鑑を思わせる。作品の登場人物や時代背景、作者について図解し、さらには参考文献も掲載されている。そして、ページの隅にQRコード。これをスマホやタブレットで読み取ると、各作品の本文があらわれるというしくみだ。紙の本と電子書籍のハイブリッドによる文学全集なのである。税込み5500円だから、1冊当たり44円。ほとんどの作品が新訳か本邦初訳、しかも描き下ろしのイラストつきだから、これは安い!
紙の本にはない利点がいろいろある。場所をとらない。字の大きさを変えられる。ふりがなのレベルを3段階から選べる。音声読み上げ機能もある。
書店で販売するので、書店や取次にも利益がある。電子書籍と書店・取次をどう共存させるかという課題への解答になりうる。
もっとも、いいことばかりともいえない。電子書籍ならではのデメリットもある。まず、インターネットにつながらないと読めない。誰かに譲渡したり、古本屋に売ったりすることもできない。自分が読んだ全集を弟や妹に、あるいは子供や孫に譲る、ということはできない仕組みなのだ。また、著作権者との契約は2030年8月までなので、その後も読めるかどうかはその時点での著作権者の意向次第だ。とはいえ、子供のころに読んだ児童文学全集を読み返す大人はまれだろうから、実質的にはたいした問題ではないだろう。ハイブリッド型の全集は、本のあり方を変えるだろうか。
この欄は「海外出版事情」と隔週で掲載します。
週刊エコノミスト2023年2月7日号掲載
永江朗の出版業界事情 本の未来問うハイブリッド型文学全集刊行