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テスラのEVトラック「セミ」 自動運転システムに強み 土方細秩子
テスラが電気自動車(EV)のトラックに自動運転機能を導入できれば、最強クラスの輸送システムが構築できる可能性がある。
スペック、経費はディーゼル車に対抗可能
米電気自動車(EV)大手のテスラが2022年12月1日、同社の大型EVトラック「セミ」を米ペプシコに納入し、大掛かりな納入イベントが開催された。
セミは17年に製造が発表され、大きな話題を呼んだ。理由はまず、このトラックがクラス8(総重量15トン以上)に分類される、コンテナなどをけん引する超大型トラックであること。米国のような広大な土地を持つ国では、国を横断する輸送に大型トラックは欠かせない。米国のトラック輸送市場はIBISワールド社のデータによると2697億ドルといわれ、この分野にEVが参入することが大きなニュースだった。
セミにはただちに多数の予約が入ったが、テスラがモデル3やYなどの乗用車生産で手いっぱいだったこと、その後の新型コロナウイルス感染症のパンデミック(感染爆発)による世界的な部品や半導体不足により、生産スケジュールは遅れていた。
22年に入り、テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)が同じく人気のピックアップトラック「サイバートラック」の生産を23年に繰り越してセミの完成を急ぐ、と発表していた。スケジュールとして22年中に100台を納品し、その後は年に数万台規模の生産能力を維持する、という。
スペックに関しては17年の発表当時、次の数値が示されていた。
▽停止状態から時速100キロまでの加速時間=5秒、36トンの最大貨物積載時で20秒
▽航続距離=通常のバッテリーパックで480キロメートル、上級モデルで800キロメートル
▽電力消費=1マイル(約1.6キロメートル)当たり2キロワット時以下
▽価格=15万~18万ドル
▽充電時間=テスラのメガチャージャーを使用した場合30分
このうち、航続距離については今回の納入イベントで実証された、とテスラは発表している。ただし、最大出力やバッテリー総容量についてはまだ発表されておらず、価格については原材料費の値上がりなどで詳しい数字は公表されていない。現地報道では、ペプシコに納入されたものは「20万ドル以下」とされる。
30年に市場規模8倍超
EVトラックは現在、世界中の企業が生産に参入するホットな分野でもある。大手としては大型トラックで世界シェア1位の独ダイムラー・トラック、北米の大型トラックメーカー大手ケンワース、スウェーデンのボルボ・トラック、米ニコラ・モーター、中国のEV大手BYDなどが挙げられる。
米調査会社プレシーデンス・リサーチ社によると、世界の大型EVトラックの市場規模は21年の19億ドルから30年には156億ドル規模へと8倍超に成長する。また、同マーケッツ・アンド・マーケッツ社の見通しでは、21年の世界のEVのトラック台数は6万9597台だったが、30年には141万3694台に伸びる、と試算している(中型のデリバリー用トラックなどを含む)。
乗用車のゼロ・エミッション(排出ガスゼロ)の義務化が進む中、米国において車両が出す排気量全体のおよそ18%を占める、といわれる大型トラックもまた例外ではない。しかし、時に重さ40トン近い貨物を運ぶトラックでは、EVはバッテリー性能や充電時間の問題もあり、むしろ燃料電池が有利ともいわれてきた。
ところが、セミは航続距離最大800キロメートルと、ディーゼル車両の1回の給油分(航続距離約1200キロメートル)に対抗しうるスペックを備える。加速性能、けん引パワーはモーターを使うEVの方が、もともと内燃機関車両より勝っており、業務上の支障はほぼない。また、当初のテスラの発表では価格面でも12万ドル程度のディーゼル車両に対して競争力があり、さらに「年間の燃料コストが4万ドル削減できる」と主張していた。現在、テスラのホームページでは「最初の3年間で燃料費が最大20万ドル節約」とされている。
輸送などを行う企業にとって、排ガスゼロに加えて経費も削減できるとなれば、一気にEVに切り替える機運が生じる。実際にこれまでセミを予約した米企業は、ウォルマートやペプシコ、UPS、アンハイザー・ブッシュ・インベブ、シスコなど20社近い。さらには、カナダやノルウェー、イタリアの企業からの予約も確認されている。
もちろん、23年以降にはライバル社も次々にEVトラックを市場に参入させる予定であるため、今後のシェアがどうなるのかは未知数だ。しかし、スペック面を比較すると、セミが他社製品よりも一歩進んでいるのは確かだろう。テスラのアドバンテージは、独自のチャージャーを企業に提供できる、という点だ。30分で最大70%まで充電可能、というのは他社(1~2時間程度の急速充電が一般的)と比べてかなり速い。
自動運転の導入進むか
さらにもう一つ、独自の自動運転システム「オートパイロット」の提供もある。自動運転は当初考えられていたほど普及が進まず、自動車メーカーによっては撤退を表明するところも出てきた。一般道などを多目的に走る乗用車の自動運転は社会的に実現が難しい。ところが、輸送トラックなどの商用車の場合、ルートが決まっていたり、高速道路の走行が多かったりする理由から、むしろ自動運転の適用が先に進む可能性がある。
米国にはカリフォルニア州サンディエゴに本拠を置く「TuSimple」など、実際にトラックの自動運転システムを開発する企業があるが、現在同社のシステムが使用されているのはディーゼル車両だ。しかし、消費電力などの関係から、自動運転はもともとEVが最も相性の良い車種である。つまり、テスラがセミに自動運転システムを導入すれば、最強クラスの輸送システムが構築できる可能性がある。
では、テスラ「セミ」には課題はないのか。指摘されるのは、テスラが強調する「加速性能」「スマートなデザイン」などが、企業が求めるものと合致していない、という点だ。企業にとっては安全で性能がよく、メンテナンスも容易で、かつコストが低いことが導入の最大の決め手となるためだ。
セミが実際にどれくらいコストを抑え、かつ安全に輸送を実現できるのかは、実際に利用が広がる23年以降にならなければ判明しない。しかし、初期導入業者がその値打ちを認めれば、大型EVトラックのシェアが一気にセミに集中する可能性もある。
これまで世界シェア1位を誇っていたダイムラーも、独自の大型充電施設を米西海岸シアトル近郊に建設するなど、EVトラック普及への布石を打っているが、現状ではテスラ「セミ」が大型トラック輸送に与えるインパクトは決して小さくはない。
(土方細秩子・ジャーナリスト)
週刊エコノミスト2023年2月7日号掲載
テスラのEVトラック「セミ」 性能はディーゼル車に対抗可能=土方細秩子