教養・歴史書評

世界史に刻まれる債務危機をテンプレート化 評者・平山賢一

『巨大債務危機を理解する』

著者 レイ・ダリオ(投資家、ヘッジファンドマネジャー) 訳者 伴百江

日経BP 5280円

 本書は、米政策当局も一目置く巨大ヘッジファンドの創業者レイ・ダリオ氏が、世界史に刻まれる債務危機のテンプレート(枠組み)化を試みたものである。キーワードは「デレバレッジ」であり、債務負担を軽減するプロセスを意味する。

 バブル期に膨らみ過ぎた債務は、その負担に耐え切れなくなると危機が発生する。この債務サイクルは、「ゆっくりと、人の一生分ほどの時間をかけて起こるため、ほとんどの人が知っているビジネスサイクルとは異なる」。エコノミストや政策当局者は、数年単位の景気サイクルに注目し過ぎて、より大きな危機を発生させる債務サイクルを素通りしてしまうわけだ。しかし、2008年の金融危機のようにグローバル社会の根底を揺るがす分岐点は、巨大債務危機を要因としているだけに、われわれは改めてそのパターンや解決法につき認識するべきであろう。

 本書の刮目(かつもく)すべき点は、この巨大債務危機を二つに峻別(しゅんべつ)し、われわれが体系的に整理できるようにしているところ。1930年代の世界大恐慌や90年代以降の失われた時代といった「デフレ下のデレバレッジ」と、20年代のドイツのハイパーインフレーションといった「インフレ下のデレバレッジ」の二つに類型化しているのである。後者の事例は、このドイツの事例を除くと、非先進国に限られているが、外貨建て債務拡大がインフレーションを伴いデレバレッジを一層困難にしているものだ。

 一方、自国通貨建て債務拡大であっても、「最大のリスクは債務そのものからもたらされるものではなく、政策当局の知識不足あるいは権限欠如によって、必要な対応がとられないことで生じるものである」との筆者の言葉は、含蓄深い。

 この見方にのっとれば、わが国経済の失われた時代が長期化した理由も、巨大債務危機を通常の景気後退と誤認した点にあるといえそうだ。対応のスピードが緩慢だったため、積極的な資産購入を通じた紙幣増刷などの金融緩和・刺激政策によるリフレーション政策の実行が遅れたわけである。ただし、気をつけなければいけないのは、このわが国のリフレーションの期間が、本書の示す48のケーススタディーの中でも最長期間になっている点だ。果たして、デレバレッジ過程のリフレーションの歯止めが利かない状態を走り続けるとどうなるか? 「(危機による信用の崩壊が紙幣の増発によって相殺されている間は)インフレは加速しない」ものの、このバランスが崩れる刺激策の乱用には注意すべきだろう。

(平山賢一・東京海上アセットマネジメント チーフストラテジスト)


 Ray Dalio 1975年にブリッジウォーター・アソシエイツを創業し、世界最大のヘッジファンドに育てる。米『タイム』誌から「世界で最も影響力のある100人」に選ばれる革新的投資家として知られる。


週刊エコノミスト2023年2月21日号

『巨大債務危機を理解する』 評者・平山賢一

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